2013-01-01から1年間の記事一覧

内戦前夜にある「日本」

「週刊読書人」の今号(2014年1月3日、新年特大号)から一年間、「論潮」(論壇時評)を担当することになりました。 暇さえあれば、論壇誌を読みまくる新年になりそうです。

鑑定士と顔のない依頼人(ジュゼッペ・トルナトーレ)

旧作『ニュー・シネマ・パラダイス』の記憶からか、はたまた本作のミステリー仕立ての巧みな構成が話題を呼んでか、客席は満席。途中で展開や結末は予想できるものの、それでも最後まで引きつけて見せてしまう手腕はさすがだ。 カリスマ的なベテラン美術競売…

フィルス(ジョン・S・ベアード)

『バッド・ルーテナント』を思い出させる、ヤク中のイカれた刑事。 作品は、決して警察の腐敗というおなじみの刑事物語を奏でたいわけではない。捜査のシーンがほとんどないことからも、それは明らかだろう。あくまで作品は、主人公の刑事「ブルース・ロバー…

恋の渦(大根仁)

柳原可奈子のショップ店員の物真似に出て来そうな、若者たちのしぐさや口調。 「あるある」「いるいる」というリアリティがウケているのだろう。映画館は笑いの「渦」だった。ポツドール三浦大輔の原作戯曲を、『モテキ』の大根仁が映画化。「動物化」する若…

金井美恵子『小さいもの、大きいこと』、『小説を読む、ことばを書く』

目白雑録5 小さいもの、大きいこと作者: 金井美恵子出版社/メーカー: 朝日新聞出版発売日: 2013/09/20メディア: 単行本この商品を含むブログ (17件) を見る小説を読む、ことばを書く (金井美恵子エッセイ・コレクション[1964−2013] 3 (全4巻))作者: 金井美恵…

HOMESICK(廣原暁)

ポン・ジュノやジャ・ジャンクーが「革命的でクリエイティヴ、真に有望な映画監督」と評したという。 千葉県の中心部からやや外れた地域、団地が立ち並ぶこのあたりも、不況で停滞し昔の活気を失っている。塗装会社に勤める30才の主人公は、突然社長が失踪…

地獄でなぜ悪い(園子温)その2

また、三つの話とも、それが映画に関わるものである以上、それぞれに「監督」が存在することになる。最初の話では、CMをリアルタイムで見て少女に虜になったあの日の少年が、そしてヤクザの話ではもちろん親分が、それぞれ監督となる。そして、話が進行す…

地獄でなぜ悪い(園子温)その1

途中から映画館が一体となっていることが分かる。 「よーい」という掛け声の後「スタート」が聞こえるまでの「間」、観客全員が固唾をのんで見守っているのが肌で感じられる。こんなに見ていて体が火照ってくる映画もひさしぶりだ。 パゾリーニのデビュー作…

クロニクル(ジョシュ・トランク)

ハイスクールで周囲からいじめられ、疎外されている青年がいる。 ある日、超能力を手にし、友達も出来、人気者にもなり、空も飛べるようになる。彼はその力で、食物連鎖の頂点=最大捕食者にならんと、妄想を肥大化させていくだろう。シンプルな展開。子供の…

凶悪(白石和彌)

『殺人の追憶』(ポン・ジュノ)のような、エンタメでありながら骨太の日本映画を目指したという。そして、それは成功している。 若松孝二に師事したこの監督は、あるとき裁判員裁判のことを調べていて、事件に関係のない人々を法廷に招き入れ、より公平な裁…

そして父になる(是枝裕和)

父はエス(無意識)である――。 子供の「とり違え」が分かってから、逡巡はあるものの、結局「良多」(福山雅治)は「実の子」を選ぼうとする。仕事で育児に熱心でなかった彼は、息子の「慶多」との間がしっくりといってはいなかった分、妻に比べると「血統」…

エリジウム(ニール・ブロムカンプ)

評価が軒並み低い。 設定、物語、パワードスーツや戦闘シーン、要は「世界」の構築が甘い? いや、この監督は、前作『第9地区』同様、未来を見せているわけでも、もっといえばフィクションをやりたいわけでもない。現在存在する世界の矛盾を、半ば本気で考…

重信房子 メイ 足立正生のアナバシス そして映像のない27年間(エリック・ボードレール)その2

日本赤軍は、「根拠地」を求めて第三世界に向かったと言われる。だが、その根拠地とは、最初から遠征=彷徨をはらんだ「無根拠地」だった。バディウ『世紀』の訳者・長原豊の注にもあるように、アナバシス=anabaseは、base=根拠地をめぐるさまざまな運動(…

スターリン言語学について

津村喬氏が、ブログ(9月29日の記事)http://kikoubunka.jugem.jp/ で、田中克彦『「スターリン言語学」精読』に触れているのを目にし、「ああ、こんなことを考えていてもいいんだ」と勝手に「承認」を得たような気になって、以前書きかけて放り出してあ…

重信房子 メイ 足立正生のアナバシス そして映像のない27年間(エリック・ボードレール)その1

京都国立近代美術館の展覧会「映画をめぐる美術――マルセル・ブロータースから始める」にて上映されている作品。 日本赤軍の重信房子の娘「メイ」と、映像作家で赤軍のスポークスマンでもあった足立正生のモノローグが交錯する。レバノンの映像をバックに、ま…

共喰い(青山真治)

父親の「円」(光石研)が、「女の割れ目」のようだと言った川が流れている。生活排水、ゴミ、そして息子の「遠馬」(菅田将暉)が自慰した精液など。営み全てを溜め込んだまま、黙って流れゆく川だ。川岸では、遠馬の母「仁子」(田中裕子)が魚屋を営み、…

大学に押し寄せるネオリベの波

週刊読書人(9月13日号)の1面座談会「大学に押し寄せるネオリベの波――早稲田大学「雇い止め問題」と日本映画大学「誓約書問題」に対して」は、大学の人間として見ないふりは済まされない。「波」が、すぐそこまで来ている切迫感に満ちている。四人の参加…

新たなビッグブラザーについて

情況別冊 思想理論編 第2号(2013年6月号別冊)変革のための総合誌 現代政治経済(学)批判出版社/メーカー: 情況出版発売日: 2013/07メディア: 単行本この商品を含むブログを見る TPP交渉において、開かれた「自由」貿易の名のもとに、知的財産権の閉ざされ…

もうひとつの世界(ジュゼッペ・ピッチョーニ)

「もうひとつの世界」といっても、可能世界の話ではない。 「カテリーナ」は、終身誓願を控えた見習い修道女。ある日ミラノの公園を歩いていると、ジョギング中の男に、捨て子の赤ん坊を押し付けられてしまう。結婚も子育てもあり得ない「修道院=もうひとつ…

トゥ・ザ・ワンダー(テレンス・マリック)

一見、美しすぎて退屈な環境映像のようだ。だが、この映像作家の画面では、不思議と何かが立ち騒ぐ。自然や風景がのっぺりと表面的ではなく、質感と奥行きをもって迫ってくるからだ。だが理由はそれだけではない。 映画は、パリに暮らす美しい女性「マリーナ…

終戦のエンペラー(ピーター・ウェーバー)

冒頭、戦後にマッカーサー(トミー・リー・ジョーンズ)の部下としてGHQで働くことになるフェラーズ(マシュー・フォックス)が、大学時代にアメリカのキャンパスで見そめた「アヤ」(初音映莉子)を、竹やぶの奥まで追いかけていく。彼は、「日本」とい…

ももいろそらを(小林啓一) その2

(その1の続き) 最初の30万円が、登場人物たちの中を転がっていく過程がうまい。金は、さまざまな比率・割合で分割・分配され、また貸し借りによって人物間を移動しながらふくれていき、その度に人間関係にパワーバランスの変化をもたらす。 それは、フ…

『風立ちぬ』のタバコをめぐって

『風立ちぬ』のタバコをめぐって議論が起きている。 その喫煙シーンについて、日本禁煙学会からクレームがつき、今度はそれに対する反論が、喫煙文化研究会からなされたという。 1970年に始まったWHOのタバコ規制活動以降、今や嫌煙運動はグローバル化し…

ももいろそらを(小林啓一) その1

新たな青春映画の傑作だ。 この作品の魅力は、何といっても、女子高生三人組のリアルなマシンガントークだろう。三人が、それぞれのキャラを演じながら(そのうちの一人「蓮実」は、その日の気分で呼び名も変える)、瞬間瞬間で妙にハイになったり、落ちこん…

映画『立候補』(藤岡利充)

2011年の大阪府知事選に立候補した泡沫候補たちを追うドキュメンタリーだ。 本作は、同じく選挙のドキュメンタリーとして、一見『選挙』『選挙2』(想田和弘)に似ているようだが、その実決定的に異なっている。後者が、選挙=代表制民主主義の論理を自明と…

風立ちぬ(宮崎駿)

主人公「二郎」の妻「菜穂子」の声を担当した瀧本美織が、あるTV番組で映画の紹介を求められ、「堀越二郎さんと堀辰雄さんの人生をごちゃまぜにして、…」と言っていた。あまりに率直なコメントで、思わず苦笑してしまった。 それにしても、なぜ零戦の設計…

熱波(ミゲル・ゴメス)

モノクロで懐かしい映像なのに、こんなのは見たことないという新しさ。 現代のリスボンを描く第一部「楽園の喪失」と、それとすべてが対照的な、植民地時代の禁断の恋を描く第二部「楽園」の二部構成。 冒頭、妻の死の思い出から、限りなく遠く離れようとア…

詩と、人間の同意(稲川方人)

映画芸術 2013年 08月号 [雑誌]出版社/メーカー: 編集プロダクション映芸発売日: 2013/07/30メディア: 雑誌この商品を含むブログ (3件) を見る 今号の「映画芸術」に、上記書評「文学にならなくて 私はなんらかまわない」が掲載されています。

戦争と一人の女(井上淳一)

素朴な疑問についてのみ述べる。 本作は、戦争を背景とするエロと悪(暴力)がテーマだが、果たして原作の坂口安吾に、エロと悪はあるのだろうか。むしろ、安吾は、エロと悪を描けなかった作家ではないか。彼は、ほとんどピューリタンのように純粋で潔癖な男…

3人のアンヌ(ホン・サンス)

映画関係者が、こぞってこの監督を称賛するのは、いったい何なのだろう。 例えば、それは、作品に見られる「差異と反復」として語られる。なるほど、この新作にしても『次の朝は他人』にしても、同じシチュエーションのもとで、同じ人物らが、同じような出来…