2024-08-01から1ヶ月間の記事一覧

多様性という全体主義 その5

東浩紀や浅田彰が、すでに連載中から指摘していたとおり、柄谷の『探究Ⅰ』においては「他者(性)」という言葉でもって、商品aとbとの間の通訳不可能な矛盾、敵対が中心に論じられていたものの、『探究Ⅱ』『探究Ⅲ』と進むにしたがって、両者の「他者性=敵対…

多様性という全体主義 その4

ここで「貨幣」空間における「多様性と(いう)全体主義」の問題を、性の空間へと移行させよう。現在はそちらの方がアクチュアルなのは間違いないが、そこにも疎外論とそれからの脱却という同型の問題が看取できる。 例えばスラヴォイ・ジジェクは、性の多様…

多様性という全体主義 その3

『貨幣空間』(2000年)の仲正昌樹は、ゾーン=レーテルの「貨幣」を、マルクスよりステージの進んだ位相で「社会的諸関係の総体」(以下の引用の「社会関係=X」に当たる)を捉えようとした試みとして論じている。長くなるが引用しよう。 〈労働力〉から〈…

多様性という全体主義 その2

以前も書いたことだが、柄谷行人の思考も、こうした疎外論からの脱却の試みとして捉えることができる(「柄谷行人とフーコー」『収容所文学論』)。例えば、柄谷は自らの『探究Ⅰ』から『探究Ⅱ』への移行について、次のように言及している。 『探究Ⅱ』では、…

多様性という全体主義 その1

スポーツも文化も社会も「多様性」「多様性」の大合唱である。だが、前回の三島のエントリーにからめれば、三島は、「多様性」が「全体主義」と不可分であることを喝破していた。というか、三島は、基本的にマイノリティー問題を「ヒューマニズム=疎外論」…