天気の子(新海誠)

 主人公の少年は、離島の核家族に「息苦しさ」を感じて上京しネカフェで生活。

 一方、もう一人の主人公の少女は、天気を左右する力を持つ「巫女」で、さらに王子のようなオーラを放つ美しい顔の小学生の弟と訳アリのアパート二人暮らし。

 この二人がマクドで出会い、警察から(結果的に)奪った拳銃一丁を武器に、国家権力=警察を敵に回して「セカイの形を変える」決断を敢行すること。

 

 では、二人はどのようにセカイを変えたのか。

 それは、人間の力を超えた天とのつながりを切断し、たとえいかんともしがたい天災に見舞われようとも、被災者の鎮魂や癒しを、誰か「一人」の手に委ね押し付けようとしないように、である。

 

 少年は言う。彼女のおかげで「ハレ」ていたことを、いつも彼女が「人柱」になってきたことを、「大人は皆知っているのに!」。

 

 少年の「命の恩人」である「スガ」は、「一人が犠牲になって空が安定するならその方がいい。皆、そう思ってるだろ」というようなことを言う。この時「空=天気」は、お天道様に照らされ続けることで安定する「地=民衆(皆)」という構造全体を指していよう。スガは、この構造全体の安定をはかり続ける官房長官のようでもある。

 

 二人の決断は、そんな構造は「もういい!」ということだ。誰か「一人」を透明な存在として、天上(それは同時に海の底(魚)とも通底している。君臣水魚の交わり?)に犠牲の人柱として差別し続けることで安定するような構造は「もういい」。逆にいえば、セカイは、その「一人」によって蓋をすることで、かろうじて不安定や不透明から免れているのだ。

 

 それを「もういい」と退けることは、したがって「天気の子=天皇の子」から下りるということだ。たとえ手錠をかけられ、逆さまに落下しようとも、またそれによってセカイが滅茶苦茶になり水没しようとも、そのように都会の片隅に疎外された若い二人が手を繋げば「大丈夫」だと「決断」すること。

 

 世界など最初から狂っていたし、東京も昔は水の底だった――。大人たちの寛容さは、例外状況の現在を、反復的な歴史観に回収しようとする。ラストで主人公は、そんな大人たちをきっぱりと否定する。あくまで、自分たちが下した「決断」こそ「セカイの形を変えてしまった」のだ、と。

 

 かつて宮沢賢治は「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(「農民芸術論綱要」)と言った。対して、今作の主人公は「世界全体」など「もう」どうなっても「いい」、知ったこっちゃない、あくまで大切なのは「個人の幸福」なのだと「決断」する。ネオリベの先端で起こる(かもしれぬ)究極の個人主義? 

 

 誰も特別な「プラスワン」(江藤淳)などではなく、普通に名前をもった単なる「ワン」でしかないこと。そのように「形を変える」ことでセカイは崩壊するかもしれない。その前に大人たちは事態に脅え(現在広がる異常気象へのぼんやりとした不安)、何だかんだと回避しようとするだろう。だが、自分たちは、断固としてそれを「大丈夫」だと肯定しよう――。

 

 果たして、家族を放棄し下層を決定づけられた若者たちが、そのようにセカイを変えることを「決断」する日は来るのだろうか。それとも、それ自体セカイ系の夢想でしかないだろうか。

 

 新海誠は、前作に怒った人たちを「もっと怒らせようと」今作を作ったという。だが、本当に怒らせたかったあて先は、もっと別にあったのではないか。少なくとも、そのような挑発を感じた作品ではある。

 

中島一夫

 

ハウス・ジャック・ビルト(ラース・フォン・トリアー)

 2011年カンヌ映画祭の『メランコリア』上映後の記者会見で、トリアーは「ヒトラーにシンパシーを感じる」と発言し、カンヌから永久追放となった。まさに今作のエンディングよろしく、カンヌから「二度とやって来ないで!」と排除された。

 

 もちろんあの発言は、トリアーが、ずっと自分はユダヤ人だと思っていたところ、実はドイツ人の血を引いていたことが分かり、そこで「僕はナチスだ」と言ったという文脈があった。トリアーがずっと重度のうつ病に悩まされていた時期でもある。だが、初期の『ヨーロッパ』(1991年)からしナチス側の視点に立った作品だったのだから、これは「失言」というより「本音」に近かったのではないだろうか。

 

 後半、アラン・レネ『夜と霧』の一場面――ユダヤ人の大量の死骸がブルドーザーになぎ倒され一掃されていく、例のアウシュヴィッツの記録映像――が挿入される。あたかも、今作の主人公のシリアルキラー「ジャック」(マット・ディロン)が、ナチスの末裔であるかのように。「ミスターソフィスティケート(洗練)」と呼ばれるこのシリアルキラーは、国「家」に住みつく不快な「しみ」を除去し浄化しようとする、一個の潔癖症的な20世紀の精神ではないか。

 

 作中言われるように、この20世紀の精神は、その昔ギリシャ人たちがヒュブリス=過剰と呼んでいた狂気と通底している。フーコーを待つまでもなく、近代以降のヨーロッパ人の理性は、こうした過剰な狂気を、非理性として疎外、排除、監禁した。

 

 だが、それらは写真のネガのように、必ずポジの奥底や裏側に張り付いている。ネガとポジは、カントとサド、啓蒙の弁証法のようにいつでもひっくり返る。作中、アニメで繰り返される街灯と影のくだりは、ジャックの狂気とともに時代の狂気の比喩でもあろう。時代が街灯の下まで歩みを進めたとき、世界のどこかでシリアルキラーたちが突如覚醒する。排除されてきたことへの復讐のごとく。

 

 技師のジャックが、「自分の家」を建てようと建築家を夢見ているというのも示唆的だ。そもそも、20世紀の建築家にとって、自邸をデザインし建てるのは、最も重要なマニフェストだった。隣が誰だか分からず、したがってSOSを叫んでも助けの来ない集合住宅に、もぐらのように住んでいる住人たちを、次々と草を刈るように殺しては運び出していくジャックは、まるで「家」が「住むこと=建てること」から遠く離れて、「住むための器になってしまっている」(「ヘーベル―と家の友」)と嘆いたハイデガーを想起させる(ハイデガーナチスの親近性については言うまでもない)。ジャックは、家を建てることを忘れ、家は買うか借りるものだとしてもぐら化した現代の住人たちを、今度は「家」の素材にしてしまうことで国「家」を倒錯的にデザインしようとしたのではなかったか。人体を洗う石鹸の素材を、自ら殺した人体にしようとしたナチスのように。人間がモノと化しているなら、お望み通りモノとして再利用し機能させよう。ツェランが言ったように、花を人間にではなく、人間を花に捧げようとしたユダヤ絶滅収容所のように。

 

 ここで、ジャックが、グレン・グールドに憧れていることがにわかに興味深くなる。グレン・グールドがピアノを弾く姿をもぐらにたとえたのは浅田彰だったか。

 

異常に低い椅子に腰かけ、背を丸めて、ほとんど鼻の先で忙がしく指を動かす。それは、もぐらが土の中で穴を掘っているところにそっくりだ。そういえば、日のあたるステージから逃れ、人目に触れない奥まった録音スタジオにこもったところも、もぐらのようだと言えるだろう。とはいえ、そのもぐらの穴は、地上の喧騒をはなれ、自分自身と一対一になるための、閉ざされた避難者というだけではない。それは、ほんもののもぐらの穴が無数の隙間によって外と通じているのと同じように、エレクトロニクスのネットワークによって全世界と通じているのだ。グールドはかつてスタジオのことをもっとも「子宮的」な場所と呼んだことがあるけれども、それはいわば電子の子宮である。地上からそこへと身をひいたグールドは、自閉に陥るどころか、慣習的なコード――例えばコンサートという演劇的儀式を律するそれのような――から解き放たれた、より自由なコミュニケーションを行なえるようになる。穴にこもることがいっそう大きな運動性を獲得することでもあるという逆説。(『ヘルメスの音楽』)

 

 ジャックもまた、死体を押し込んでおく巨大な冷凍庫という「スタジオ」に身を引きながら、しかし「自閉に陥るどころか」中盤から持病の恐怖症からも「解き放たれた、より自由なコミュニケーション」ならぬ「殺人」を行うようになっていく。

 

 グールドの音楽が「垂直的」というより「水平的」と評されるように、本当はジャックの殺人の「家」も、何かそこに「地下室=深層=無意識」があるような垂直的な構造をもってはおらず、水平的に横へ横へと連続的に解離的にズレていくだけだったのではないか(死体の保管の仕方も行き当たりばったりに見える)。だからジャックは、なかなか「家」を建てられないのである。垂直的ではなく水平的にズレていく「家」とは、いわば「家」の自己否定のようなものだからだ。

 

 だから、惜しむらくは、本作があの冷凍庫の奥に「開かずの間」を設計してしまったことだろう。部屋がどこへと続くのかは触れずにおく。だが、お決まりの枠物語としてあの部屋を設えてしまうところに、トリアーの愛らしい人の良さが表れていることもまた確かだ。いつも思うのだが、だがそれは彼にとって、解放なのだろうか、それとも呪縛なのだろうか。

 

中島一夫

 

誰もがそれを知っている(アスガー・ファルハディ)

  シェイクスピアハムレットは「時間の蝶番が外れてしまった」と言った。そして時間は発狂したように、それまで整序されてきた記憶や歴史がほどけ、亡霊が現れ出た。

今回イランからスペインへと舞台を移したファルハディは、スペインの小さな村とそこに住むある一家の「時間の蝶番を外」してみせる。

 

 冒頭から兆候はあった。村の中心たる教会の時計台の裏側が映し出され、この村の時を束ね刻んできた時計の歯車が、年季の入った音をたてている。

普段は隠されている時計台の内側。それは、この村の記憶や歴史の暗部の象徴だ。「誰もがそれを知っている」ものの、決して明るみに出てはならない秘密だ。

 

 物語は、一家の結婚式で村人総出のどんちゃん騒ぎ、一同泥酔のなか主人公「ラウラ」(ペネロペ・クルス)の娘が誘拐されるという事件が発生する。どうやら事件は、一家の秘密に関わっているようだ。だが、その秘密が、事件によって暴かれていくという程度なら、何もファルハディが撮るまでもなかっただろう。

 

 この監督ならではと思わせるのは、一家がお互いに疑心暗鬼に陥っていく要因に、土地をめぐる時間=記憶が横たわっていることだ。ラウラの一家は村の大地主であったが、父が賭け事に負け、ずいぶん昔に手放している。にもかかわらず、今もなお父はそれらが一家の土地であり、人々に不当に奪われたと思っているのだ。ラカン風に言えば、村人たちに、己の享楽が盗まれていると思い込んでいる人物なのである。

 

 その最たるが、ペネロペ・クルスの実際の夫でもあるハビエル・バルデム演じる「パコ」だろう。事件解決に向けて、ラウラを支えようと奔走するパコに、父は言い放つ。「一体何様だ。自分の家でもないのに、家族のように出入りしている。勘違いするな。お前は使用人の息子だ」。長年、胸に秘めてきた父の本音=「時計」の内側だろう。

 

 お前は使用人家族にすぎなかったのに、不当に土地を掠め取り、勝手にぶどう園にしてしまった挙句、今やワイナリーを営んで荒稼ぎしている。だが、その土地が、もともとうちのものである以上、「お前は村の誰よりも、わしに恩があるのだ」と。

 

 まるで父は、犯人から要求された身代金は、パコが払うべきだと言わんばかりだ。まだ、地主/使用人、村の中心/周縁という半ば封建的な関係性が存在し、両者に明確に一線が引かれていたあの日に時計を戻すように。結婚式でさかんに歌われていた「あの日に戻りたい、もう一度」とは、父の思い=封建制のことではないか。

 

 過去作で、イランにおける西洋=世俗化/イスラーム=伝統という時間のズレとそこから生まれる階級的な対立を、ずっと描いてきたこの監督は、今回スペインの小さな村を舞台に、大土地所有の封建的な関係の残存という、資本主義のより普遍的なテーマに移行したように思える。問題は、資本主義になって封建制の「主人」が退陣したことは、「主と奴」という人間同士の関係が、商品(物)同士の関係へと置換されたにすぎないことだ。

 

だからこそ、封建制から資本主義への移行をマルクスがどう捉えたかという点に、症候の発見を求めなければならないのだ。市民社会の確立によって、支配と隷属の関係は抑圧される。形式上は、自由な主体どうしの人間関係はいっさいの物神性から解放されている。だが抑圧された真実――すなわち支配と隷属がいまだにあること――は症候となってあらわれ、平等や自由などのイデオロギー的外観を突き崩す。この症候、すなわち社会関係の真実があらわれる点が、まさしく「物どうしの社会関係」なのである。(ジジェクイデオロギーの崇高な対象』)

 

 父は、大土地所有者として、過去の「人間どうしの」主従関係の物神性に、いまだ呪縛されている人物である。土地は、すでに「商品」として村人たちに売却されているのだから、パコをはじめ、土地を買った村人たちと父との間に主従関係はもはや存在しないはずだ。

 

 だが、本作のテーマは、主従関係は「抑圧された真実」として「物どうしの関係」に転移されているだけで、「症候」として必ず残存しているということである。それは、この村の時間を刻んできた「時計」の、隠された裏側に張り付いている「真実」なのだ。亡霊のごとく。

 

 だから、結局パコが身代金を支払うハメになるのは、ストーリー上の要因をこえて、本作の構造的な必然だとさえいえる。共同経営者もいる大規模なパコのぶどう園には、いまや多くの出稼ぎ労働者が、村の外から移民のごとくやってきている。村人たちは、パコの農園で重労働する気はない(そういう場面がある)にもかかわらず、彼らにとって、出稼ぎ労働者たちは、村の「物」を不当に村の外へと盗み出しているようにしか見えないだろう。

 

 パコの農園から獲れるぶどうと、それから醸造されるワインという商品は、もともと村の土地の恵みではないのか。それを掠め取り、合法的に外へと持ち出しているパコは、村の「敵」ではないか――。これが、かつての土地所有者である父とその家族、そして村のシンボルたる教会に集う村人たちの「誰もが知っている」「それ」の正体である。

 

 映画の前半で、パコが右手にぶどう、左手にワインを持ち、「両手の間に何がある?」と問いかける場面がある。「それは時間だ」。

 

 この時の彼は、この後、まさかその「時間」に復讐されるとは思いもよらなかっただろう。この両手の間には、封建制から資本主義への移行の「時間」が存在している。その「時間の蝶番」が外れたとき、近代の市民社会における自由や平等という「イデオロギー的外観」が、その裏側に何を隠してきたのかが一気に暴かれるのである。

 

中島一夫

 

ニックランドと新反動主義(木澤佐登志)

 

 

ニックランドとCCRUがこうした冷戦終了後の90年代に現れたのはその意味で示唆的である。歴史の終わりの中で、共産主義とは別の形で未来を思考するとはどのようなことなのか。加速主義は資本主義リアリズムのヘゲモニーが確定した時代、言い換えれば共産主義が不可能になった時代における最初のユートピア思想なのである(p178)。

 

 まあ、私がよく分かっていないのだろうが、「加速主義」なるものが、資本主義の枠内で資本主義を「加速」させることなのに、どうして資本主義のオルタナティヴたり得るのかが、ついに分からなかった。

 

 一読して浮かび上がってくるイメージは、不謹慎を承知でいえば、アクセルが戻(せ)らなくなった高齢者ドライバーの車のような、はたまたトニースコット『アンストッパブル』の暴走機関車のごとき、技術の「せきたて」(ハイデガー)に対する不可能な追いつけ追い越せ、だ。

 

 かつて津村喬は、「ぼくは十分に早くあったろうか」という浅田彰の「加速主義」的な「逃走=闘争」を、「走ることの快楽は、もっぱらゆっくり走ることにある」と批判した(「〈逃走〉する者の〈知〉――全共闘世代から浅田彰氏へ」(1984年9月「中央公論」)。ランニングではない、「ジョギング・ブームは、「ヴェトナム」へのアメリカ人の総括だった」と。

 

 これはこれで、気功やスローライフに行き着く気がしないでもない。だが、そこで津村が「競争のために身体を使う時、必然的に身体は畸形化される。外側のモノサシに合わせて、身体を切りとらねばならないからだ」と言っているのはその通りだろう。その帰結は、例えば長濱一眞が言うポストヒューマンの「魑魅魍魎」=サーバント(だがいったい誰が「主人」なのだろう)の姿か(「週刊読書人」2019年6月7日号「論潮」)。働き方改革とやらで残業が駄目となれば、今度は足りない分は朝4時に起きて「副業」をせよ、いやコマ切れの余暇は「投資」だ、と。

 

 これほどまでに「加速」に駆り立てられた先に、「クラッシュ」(ヴィリリオ)以外の何かあるのだろうか。とうに原発はクラッシュしたというのに。もはやクラッシュは潜在的にも顕在的にも常態化しているので、クラッシュまでもが資本主義的に先延ばしに感じられているだけだ。

 

 ということは「加速主義」とは、ハーヴェイやシュトレークなど「資本主義の終焉」論の手の込んだ一ヴァージョンなのだろうか。加速の果てにクラッシュで終焉。だとしたら、いかにも「暗黒」なヴィジョンだ。さすがに、そんな単純な話ではない?

 

中島一夫

 

江藤淳と新右翼

 

江藤淳: 終わる平成から昭和の保守を問う

江藤淳: 終わる平成から昭和の保守を問う

 

本誌に、上記批評が掲載されています。

よろしくお願いいたします。

 

いのちの女たちへ とり乱しウーマン・リブ論(田中美津)

 

 

 一九九〇年代後半、アジアに対する戦争責任が先か、自国の戦死者を弔うのが先かという論争(歴史主体論争)が巻き起こったとき、冷戦終焉以降、そうしたアジアからの問いが突きつけられる歴史性は十分理解しながらも、どこかその論争は表面的に、また平板に見えた。論争が、いわゆる「七・七華青闘告発」以降のジレンマを回避、解消してしまい、そこからはるかに後退した地平で闘われているように思えたからだ。

 もちろん、私は「七・七華青闘告発」について、すが秀実の一連の著作や論考を通してしか知らない。だが、それゆえにあの論争が、「68年」を「(敗)戦後」のパースペクティヴに回収する働きをするものだったことが、論争の平板さへの違和感を通してすぐに分かった。その感覚はうまく言語化できないままだったのだが、最近、田中美津を読み直していて、少しずつ見えてきた(以下引用は、上記の「「チョウからアオムシへ」の誤り」の章より)。

 

華青闘の7・7の決別宣言、劉彩品さんの支援の側の主体を問うあの叩きつけるように迫りくる告発のことば、そして劉道昌君の昨年一二月二五日に法務省から突きつけられた「半年」の在留許可証をのまざるを得なかった自分に対し「思想転向」を犯した、とまで自己批判を徹底化させ、あくまで闘争主体としての自己を問うていこうとする厳しい態度……。(中略)私たちが抑圧者であること、これは確認しすぎることのない事実だ。(中略)もう一つの事実、それは抑圧者は被抑圧者でもあるということだ。「他国民を抑圧する民族に自由はない」というレーニンの古典的テーゼを引用するまでもなく、抑圧者は抑圧者であるが故に、被抑圧者として存在する。被抑圧者としての自らの痛みを、自らの惨めさを視ることなしに抑圧者としての自己など真の痛みになるはずがないのだ。

 

 アジアへの責任が先か後かという論争は、いわば自らが「抑圧者」か「被抑圧者」かを争うものだ。そしてそれは、端的に、「(敗)戦後」のパースペクティヴである。だが、「68年」以降の問題とは、抑圧―被抑圧が決して一面的には捉えられない、ということではなかったか。「私たちが抑圧者であること、これは確認しすぎることのない事実だ」としても、もう半面で「抑圧者は抑圧者であるが故に、被抑圧者として存在する」という事実。

 

 田中は、ベトナム反戦運動以降、「「加害者の論理」というのが「自己否定の論理」と対になった形で登場してきた」と言う。だが例えば、「沖縄人(ウチナワンチユ)に対し、日本人(ヤマトンチユウ)たるあたしたちは、光として存在するが、だからといって「美智子にことを娼婦にさせちまェ」という沖縄の男のことばを寛容をもって受け入れる訳にはいかない、といった具合に、被抑圧者同士の抑圧/被抑圧は、社会という布地に解き難く縫い込まれているのだ」。したがって、人間は、「加害者の論理」だけで闘うことなどできないのである。

 

 もちろん、田中は、加害者=抑圧者を解放しようとして、そのように言っているのではない。そうではなく、「肯定でも、否定でもなく冷厳な事実として」「人間とは、他人の痛みなら三年でもガマンできる生きもの」であり、「それなのに抑圧者としての痛みなるものを原点にして闘おうとすれば、どうしたってうさん臭さがつきまとう」ゆえに、そう言っているのだ。

 

だが、「自己否定の論理」は、いわゆる「血債の思想」(中核派)を根幹としてとどまることなく進行していき、その果てに「もはや否定しきれずに告発されることもないぎりぎりの「主体」の核を希求する」方向へ、「「無」でありながら「核」であるような「主体」を見出さなければならない」という方向へと突き進んだ(すが秀実『1968年』)。

 

 「無」を「核」とする、ほとんど「主体」の解体ともいえる「ホモ・サケル」(アガンベン)のような「主体」。だが、その「自己否定の論理」は、いかに過激でラジカルに見えようとも、それは抑圧―被抑圧という一面的な構造自体は変えないという保守的な思想にすぎない。したがって、その構造のもとで、闘争の主体をいかに「ホモ・サケル」のごとく管理しておくかという、権力による統治の論理へと容易に横領された。現在のPCによる統治は、その通俗化の帰結である。ジジェクがいうPC「による」風景の構造化である。

 

このようにして、政治的公正さが蔓延する風景が構造化される。西洋から遠く離れた世界に生きる人々ほど、(たとえばアメリカ先住民や黒人のように)本質主義者、レイシストアイデンティティ主義者というレッテルを貼られることなく、自分たち固有の民族的アンデンティティを強く主張できるのだ。悪名高い白人男性異性愛者に近づくほど、そうした主張は問題含みのものとなる。アジア人ならまだ大丈夫。イタリア人やアイルランド人はぎりぎりなんとかなるだろう。ドイツ人や北欧の人々ならば、そんな主張をしただけで問題となる……。しかしながら、〈白人男性〉という特定のアイデンティティを主張することを(他者を抑圧する典型例として)禁じることによって――この禁止自体は〈白人男性〉の罪を認めるものではあるが――やはり彼らを中心的な場に置くことになってしまう。(『絶望する勇気』)

 

 田中は、「あたしが生れて初めて自分の尻尾以外のものをハッキリとらえることができたのは、その「加害者の論理」によってであった」と言う。田中のウーマン・リブが、被抑圧者ではなく抑圧者=加害者の論理から出発したことは、とりわけ現在、強調してしすぎることはないだろう(石原吉郎なら、同じように自らの加害者性に衝撃を受け、その加害―被害の構造自体から一人下りた友人・鹿野武一のように、田中に「明確なペシミスト」を見るだろう。ちなみに本書で田中は、石原の詩を引用している)。なぜなら、それは容易に「(敗)戦後」の、ひいては統治の論理へとすり替わり、差別を告発したつもりになっているが、その実統治の側に加担することに帰結してしまうからだ。

 

 「周縁的な、抑圧されたマイノリティーアイデンティティを主張することは、恵まれた白人のアイデンティティを主張することと同じではないのはもちろんだが、それでもやはり両者の同一性を見逃すべきではない」(ジジェク)。PCが蔓延する現在とは、マイノリティーの顔をしたマジョリティーが跋扈する世界にほかならない。ドゥルーズが言ったように、マイノリティー/マジョリティーは数の問題ではないのだ。

 

中島一夫

 

〈空白〉の根底 鮎川信夫と日本戦後詩(田口麻奈)

 

 

〈空白〉の根底 鮎川信夫と日本戦後詩

〈空白〉の根底 鮎川信夫と日本戦後詩

 

 

 本書をご恵投いただきました。

 

 いつも論考を拝読している、現代詩の研究者である田口麻奈氏による、鮎川信夫や「荒地」についての研究論文集成である。550頁にわたる大部な一冊で、巻末には鮎川の全集未収録の詩篇11篇など「附載資料」も充実している。

 

 つらつら読んでいて、かつて『エンタクシー』誌上のアプレゲールをめぐる鼎談(すが秀実福田和也、坂本忠雄)で、日本にアプレがあったとしたら、小説ではなく、むしろ鮎川や田村など「荒地」詩人においてではないか、と論じられていたのを思い出した。本書は、鮎川の詩を明確に「戦後詩」として捉え、結果的にアプレゲールとしての鮎川の像を強く打ち出しているように思う。

 

だが、戦後詩は本来、戦時中の戦争詩・愛国詩への反省を経て、あらゆる表現は社会的責任を帯びる、例外はない、という意識を強く持っていたのではなかったか。先走って述べれば、詩を社会から浮き上がらせない、特権視しないというその構えこそが、詩の現在に届く議論として今なお残されているのではないか。戦後詩の持つこのような見識が汲み損ねられたまま、詩は詩であるゆえに如何様にも読める、という地平で固有の歴史性が引き剥がされてゆくことを、現時点で豊かな可能性だと言えるかどうか。(「はじめに」p10)

 

 そしてそれは、本書のタイトルにある、例の「空白」にも関わってくる。次の一節などは、従来の鮎川のイメージに逆らう挑発的な一節ではないか。

 

さらに一九五四年の評論において、鮎川は戦死したモダニストたちが「生きていたかもしれないスペース」を「埋めることの出来ない途方もなく大きな空白」と呼び、死者本人以外の手によっては完成されない領域の「保存」を主張している。

 

 この運動(引用者注――モダニズム)は、一度は死ぬ必要があったのです。そしてぼくらの前に、空白をつくり出す必要があった、すべてを、新しくやり直すためには……。ぼくたちがモダニズムの運動から受取る本当の遺産は、この空白だけです。(中略)ぼくらは、その空白を永久に保存しておくのです。とり返しのつかぬものとして……。(「われわれの心にとって詩とは何であるか」、『詩と詩論』第二集)

 

 戦争期を精神的な停滞期として「空白」と呼称する前世代の言説に対し、「荒地」同人の北村太郎が、「彼らが空白だ、ブランクだ、という時代に僕らはまさにこの肉体を持って生きてきた」と反駁したことは、戦後詩史上に事件性をもって記憶されている。そのため「空白」は隠蔽や忘却を意味する語として、戦中世代の「荒地」によって否定されたという印象が強い。ここで否定されているのは、本来は無数の戦死で充満している戦争期を「空白」と呼ぶ虚偽であるが、鮎川が自らの当為に結びつけて用いた真正の「空白」とは、死の代補不可能性として戦後にこそ現出するのである。

 表象不可能性の認識を含むという点で、死者代行とははっきりと異なる倫理的水準を示すこの「空白の保存」という発想が、詩営為に関する文脈で語られたことの意義は重大である。(第Ⅰ部・第一章「死んだ男」論、p68)

 

 

 

 「空白」を、倫理的にではなく、言語的に、しかも「存在しなかった言葉」として「保存」すること。有名な詩「橋上の人」の「橋上」なども、存在しなかった言葉を言語的に存在させようという鮎川のジレンマを示している、と。「橋上」とは、「無根拠な近代」の「上」であり、「「根」を求めて土地に帰るという退路を断って」、しかし「詩作する」場所にほかならない。近代日本の無根拠さ、だがそうであっても、この「世界」との接触を失うまいとする、きわめて逆説的な場所であった、と。この「〈空白〉の根底」という逆説こそ、鮎川がアプレゲールたるゆえんだろう。

 

 「橋上の人」の「前テクスト」としてサルトル『嘔吐』を名指していく実証的なくだりや、「第Ⅱ部」で論じられる「荒地」の共同性、また「思想詩におけるリズム」の問題はきわめて示唆的である。また、次なる一節なども、革新、革命を思考する者にとっては、避けられないアポリアを突き付けてこよう。

 

しかし、詩がどのようなふるまいを見せても詩であるという自明性のない地平において、制度に対して真に革新的であることはほんとうに可能なのだろうか。あらゆる制度内部からの制度批判がそうであるように、批判者が極めて無自覚な場合をのぞき、それは革新の意味を担保してくれる制度を自覚的に保持する動きを抱え込まざるを得ないのではないか。(第Ⅱ部・第四章「思想詩におけるリズム」p427)

 

 もちろん、こうした拾い読み自体が批評家の悪い癖で、本書の魅力は、あくまで先行論への広い目届きのうえに実証を積み重ねていく、その堅実な記述にある。今後、鮎川や「荒地」を論じるうえで不可欠な一冊となろう。

 

中島一夫