だが、フーコーのいう「フィクシオン」の思考=志向は、『当事者は嘘をつく』の著者のように、ケータイ小説の実践や「自分語り」を、ある種の「型」の変奏=パスティーシュと見なすこととも異なったものだろう。
フーコーの「フィクシオン」の思考=志向は、「私は(真理を)考える」の担保なしに「フィクシオン」は可能かという「試練」とともにある。そこにおいては「私は(フィクシオンを)話す」における「話す主体がそこにおいては消え失せる、あの「外」にわれわれを連れてゆく」。
フーコーは、「フィクシオン」を「物語を規制する語り様態」「物語が「物語られ」ているさまざまな語りの様態のこと」であると言い、「ファーブル」=「語られているもの(さまざまな出来事、登場人物、登場人物が物語のなかではたしている役割、彼らの身の上に起きる事件、など)のこと」と明確に区別する(「物語の背後にあるもの」1966年)。「ファーブル」は、現実世界でも可能であるが、「フィクシオン」はそうではない。後者は、「物語」(虚構)を「物語」(虚構)たらしめる「様態」なので、「物語」(虚構)の「内部」でのみ機能するものだ。
現実世界で人が何かを話しているという場面を想定してみよう。その場合、「ファーブル的な」つまり架空の事柄を話すことはもちろん可能である。しかし、話し手、話し手の行う言説、話し手の語る内容の三項が取り結ぶ三角関係は、その話の現場の状況によって〔話の〕外から規定されている。従って、そこにはフィクシオンは存在しない。ところが、文学作品というのは現実世界の言説のまがい物、似てはいるが非なるものであって、そこでは、今述べた三角関係はすべて語りの内部においてのみ存在しているのである。語られている事柄(ファーブル)自体が、誰が、どのような距離を置いて、どのような視点から、どのような語り方を用いて語っているのかということを示さなければならない。作品というものを定義しているのは、従って、語られている事柄(ファーブルの構成要素)やそれらが配列されている順序であるよりも、どのようなフィクシオンが採用されているかということになる。そして、そのフィクシオンは、語りそのものによっていわば間接的に示されているのである。一つの物語作品の語りの内容(ファーブル)はそれが属する文化が有する神話的可能性の範囲内に、その語られ方(エクリチュール)はそれが書かれている言語の可能性の範囲内に、その語りの様態(フィクシオン)は語りの行為そのものの〔原理的・抽象的〕可能性の範囲内に限られている。
だが、今、「私は考える」という「真理」を思考することが機能不全に陥り、現実世界を確実性でもって支える基盤が崩れている。そこではもはや、現実世界と「物語」(虚構)との距離が明確ではなくなりつつある。したがって、「物語」(虚構)の「内部」で機能することで、「物語」(虚構)を「物語」(虚構)たらしめる「フィクシオン」という「さまざまな語りの様態」もまた、そのように「話す」「主体=私」も「消え失せ」つつある。このような地点において「われわれ」は「あの「外」」へ、「外の思考」へと「連れて」いかれることになるのだが、このように見てくれば、フーコーのいう「外(の思考)」が、柄谷行人のように「外(部)はある」という「探究」どころか、ほぼ「外」の不可能性と同義であること(フーコーは、それを「「外」の外」という言い方で言おうとしているように思われる)が分かるだろう。そこでは「フィクシオン」が「フィクシオン」としてもはや機能しない、いわば「フィクシオン」のゼロ地点なのだ。
したがって、ここでは、ケータイ小説もパスティーシュも機能しない。『当事者は嘘をつく』の著者は、フーコーのいう「話す」「私=主体」が「消え失せ」る地点に居合わせ、「外の思考」という「体験」を「託」された(「サドとヘルダーリンはわれわれの思考の中に、来るべき世紀のために、だがいわば暗号で記されたものとして、外の思考という体験を託したと言うのは、はたして言いすぎだろうか?」「外の思考」)と思われるものの、そこから「「外」の外」ではなく、逆に、「物語」が、「虚構」が、まだ「型」として機能しているケータイ小説や「自分語り」の「パスティーシュ」の言説空間への方へと参入し、その言説空間で「作者(名)」を与えられた(したがって「読者」もついた)のである。もちろん、先に述べたように、それはそれで著者にとっては必然的な過程だっただろう。
著者が、ケータイ小説において「作者名」と「読者」を獲得し、自らの言葉に確かさを取り戻すことで、「心の支え」になったことは十分想像できる。だが、やはりそれは、「外の思考」のあまりの困難さが、「外の体験を内面性の次元に連れもど」してしまった一つのケースに思える。
この外の思考に、それに忠実な言語を与えることの極度の困難さ。事実、純粋に反省的なあらゆる言説は、「外」の体験を内面性の次元に連れもどすおそれがあり、反省はどうしてもこの思考を意識の方へ帰還させて、生きて体験したことの叙述のうちに展開する傾きがあるのだし、そこにおいて「外」は肉体の、空間の、意志することの諸限界の、他者の消しがたい現前の体験として素描されることになるだろう。
著者によるケータイ小説が、また「自分語り」のパスティーシュが、先に見たように、いくらそれが「物語」として「再構成」されたものであるとしても、根本的にそれは「生きて体験したことの叙述のうちに展開」されていることは疑いない。だが、「外の思考」を実践するには、「そこから、反省的言語を転換することの必要性」が生じるのだ。
そこから、反省的言語を転換することの必要性が由来する。それは内的な確定の方へではなく――それがもはや立ちのかされないような、一種の中心的確信の方へではなく――、むしろそれが絶えず自己に疑義を唱えねばならぬような、一つの極点の方へ向けられねばならぬのだ。〔・・・〕語がそこでは際限なくくり拡げられる純粋な「外」であるような沈黙のうちに、ほどかれてゆくことを受け入れながら。それだからこそ、ブランショの言語は否定の弁証法的使用を行なっていないのである。弁証法的に否定すること、それは否定の対象を精神の不安な内面性の中に入らしめることである。ブランショがしているようにわれとわが言説を否定すること、それはこの言説を絶えずそれ自体の外に出させること、瞬間ごとにこの言説から、それが言ったばかりのことのみならずそのことを言表する力をも剥奪することであり、この言説を、一つの開始のために自由でいられるように、そのあるところに、つまり自己のはるか後方に放置することなのだ〔・・・〕。
「弁証法的に否定すること」で、言説は「否定の対象を精神の不安な内面性の中に入らしめる」。「当事者」が「嘘をつく」ことを、「弁証法的に否定」してしまえば、その「否定の対象」たる言説の無責任を、ケータイ小説や「語り」のパスティーシュという「フィクシオン」の「型」によって、「反省的言語」による「内面性」の次元へと「連れもどす」ことになろう。それは「支え」であり救いでもあったと思うが、やはりフーコーのいう「「外」の外」ではなく、実体としての「外」を回帰させることにしかならないのだ。それはどんなに小さな声でなされたとしても、「外(部)はある」と「内面(性)」として声高に主張しているのと同じことなのである。「当事者」の「証言」の「秘密」(デリダ)の「外」に、「無責任」な「フィクシオン」が型=実体としてあるのではなく、「これと相称をなす転換がフィクシオンの言語」自体に「求められているのである」。もはや「「フィクシオン」的なるものは決して物のうちにも人のうちにもあることはなく、物と人とのあいだにあるものの不可能な本当らしさのうちにあるのだ――つまり、出会い、最も遠いものの至近性、われわれが現にいるところでの絶対に露呈し得ない隠蔽などのうちにである。フィクシオンは、したがって、不可視なるものを見えるようにすることにではなしに、可視なるものの不可視性がどれほどまでに不可視なものであるかを見えるようにすることに存するのだ。」
このようなフィクシオンの言語自体の「転換」とは、いかなるものなのか。それこそ、それは「イマージュもなし」なのでイメージすることはできない。「〔・・・〕みずからの諸形態を空虚のうちにほどいていって無に帰すフィクシオンとは、相交錯して一つの言説を形作り、この言説は、結論もなければイマージュもなしに、真理もなければ劇場もなしに、証明も、仮面も、明言もなしに出現し、いかなる中心にもとらわれず、故郷というものから解き放たれており、自己固有の空間を「外」として――自分がそれに向かい、それの外において語る「外」として形成する言説なのだ。」
だが、それでも、そうした言説とはいかなるものなのか、フーコーが見ようとしたものに、可能なかぎり目を凝らしておこう。ブランショを例に言われるように、それはもはやジャンルの区別を無効化する、ジャンルレスな言説だろう(「「ロマン」、「レシ」、「批評」のあいだの区別がブランショにおいて稀薄なものになってゆくのをやめない」)。
そして、何より重要なのは、その言説は、「無定型で頑固な無名性のようなもの」で、「それが主体からその単純な自己同一性を剥奪し、主体を空にし〔・・・〕媒介ぬきで直接「私」(ジュ)と言うことの権利を主体から剥奪して」しまうものということだ。したがって、もはやそこでは、「当事者」が「この私」と「言うことの権利」すら「主体から剥奪」されているに違いないのである。まるで、ブランショ「『私についてこなかった男』には名前がない(そして彼はこの本質的無名性のうちにとどめられたいと欲している)」ように、「当事者」には名前が、すなわち「この私=固有名」がなく、したがって「当事者」は「死」=消失しているだろう。
「この場所はあらゆる言葉あらゆるエクリチュールの「外」なの」だ。そこは、文学の現在の――「当事者」(のみ)が「固有名=この私」として「正義」を発動し得る「権利」を独占し、だからこそ、同時に「作家=作者名」として「言説結社」の内部へと参入し得る「権利」を保有するという、すなわち「作者の死」どころではない、「固有名=この私」と、それとは区別されていた「作家=作者名」とが、結託して強力に機能している――そのような文学の現在の「外」に違いない。そこでは、「作者」はもちろん、「当事者」の「エクリチュール」そのものもまた「死」んでいるに違いない。
繰り返せば、生成AIの民主化によっては、「作者の死」は到来しないのだろう。「エクリチュール」や「テクスト」、「引用の織物」といった概念は、変容を免れないだろうが。おそらく、「当事者=この私」の語りの隆盛とは、見てきたように、「われわれの習慣」による「作者の死」に対する抵抗なのだ。「われわれ」は、バルトが批評的に予見した「作者の死」を回避するために、「当事者=この私」による「正義」の語りをもたらしたのである。まるで「作者名」が、言説の「外」にあったはずの「固有名=この私」を言説の内部へと回収することで搾取し、それを糧として延命をはかっているようだ。おそらく、それ全体が、フーコーのいう「作者というシステム」に基づく「文学」の運動の一環なのである。
だが、そもそもロラン・バルト以来、われわれが何か分かったように扱ってきた「エクリチュール」や「テクスト」という概念自体、もっと「何か得体の知れないもの」ではなかったか。そして、その得体の知れなさは、小説というものの歴史性、すなわち小説を「本来の叙事詩から区別する」ところの「人間生活の描写のなかで、公約数になりえぬものを極限までおしすすめること」(ベンヤミン「小説の危機」)によって生み出されるものだったはずなのだ。
フローベールを念頭に置きつつ、ジイドの『贋金つくりの日記』――いわゆる「純粋小説」の理論――を目して、「ジイドの小説の理想は(中略)純粋な、書く小説なのだ」(「小説の危機」)と言う時、ベンヤミンが触れているのは、後にロラン・バルトが「エクリチュール」と呼ぶことになるところの、小説における何か得体の知れないものの誕生であろう。言うまでもなく、バルトにとってもそうであったように、エクリチュールもまた、「意味深長な一つの謎」であるが、それは「描写のなかで、公約数になりえぬものを極限までおしすすめること」によって見出されるものである。この「公約数になりえぬもの」とは、初期のユダヤ神秘主義が色濃い論文「言語一般および人間の言語」以来のベンヤミンの主要な主題たる、「固有名詞」の脱神秘化によって見出されたと言えるだろう。「公約数になりえぬもの」を、ユダヤ的固有名詞のレヴェル――すなわち、フロイト=ラカン的含意をも込めうるところの「父の名」――をこえて見出す時、小説言語としてのエクリチュールに触れざるをえないのである。しかし、その「純粋な、書く小説」とは何か。そこには、「雑」としての小説が、何かしら「純粋」なものとして見出されるという逆説がある。しかし、そのことをベンヤミンは積極的に提示しえてはいない。(すが秀実『小説的強度』)
バルトの「エクリチュール」や「テクスト」、「引用の織物」などと相互に密接に関わりあっている「作者の死」という概念自体が、小説の「エクリチュール」という「得体のしれないものの誕生」という歴史性に触れている。そして、小説の「エクリチュール」とは、固有名の「脱神秘化」、言い換えれば通俗化=「雑」化の運動を伴ったものであったはずだ。ならば、「作者の死」とは、小説が小説たる運動を「おしすすめる」なかで、固有名が「脱神秘化」されていくプロセスの一帰結であるはずである。
フーコーが「作者名」と区別した、単なる「固有名」そのものが、こうした固有名の「脱神秘化」の産物である。だが、見てきたように、「われわれの習慣」は、この「固有名」の「脱神秘化=通俗化」という「雑」としての「小説的強度」に耐えられないのである。その結果、固有名(この私)が作者名と結託するかのように神秘化=卓越化しているのが文学の現在ということだろう。
フーコーが、言説の(領界の)分析に向かったのは、端的に「作者は死んだ」「人間は死んだ」と言ったところで、それらはそう簡単に死んではくれず、それどころか、かえって「死」のもたらすロマン主義的な反動ともいえる力によって、「作者」も「人間」も神秘化=卓越化してしまうからにほかならない。本質的に「無名」なブランショの『私についてこなかった男』の方へ、あるいは、ベケットの「だれが話そうとかまわないではないか」(『短篇と反古草紙』)の「囁きの匿名性」の方へと真に赴くためには、その「言説の領界」に働いている神秘化=卓越化させてしまう力の分析が不可欠なのだ。
いわばフーコーは、「作者の死」を言挙げするのはまだ早い、そのためには「作者というシステム」の分析が必要だと言ったのである。その「作者というシステム」の変容の兆しも、まだ見えてこない。おそらく「作者というシステム」もまた、資本主義がそうであるように、様式を変えながらも、そう易々とは死んではくれないのだろう。「ですから涙を流すのはやめましょう」。
人間は死んだと断言するのではなく、人間は死んだ(あるいは消滅しつつある、あるいは超人に取って代わられるであろう)という主旋律――これは私の発明ではなく、十九世紀の終わりから繰り返し語られてきたことですが――それを出発点として、人間という概念がどのような法則に従って形成され、どのように機能したのかを検討する、これが問題なのです。作者という概念についても私は同じことをしました。ですから涙を流すのはやめましょう。(フーコー「作者とは何か」)
したがって必要なのは、生成AIの民主化によって、「作者は死んだ」「人間は死んだ」「創作は死んだ」と「涙を流」して一喜一憂することではない。生成AIによって、「人間」が「作者」が「死」に、その「仕事=労働=創造」が奪われるというかつてのSF的な想像力は、もはや現実化しつつあるかもしれない。それでも、そこで「涙を流」してしまえば、「生成AI=悪」というSF的想像力の「物語」の「型」をなぞるだけだろう。フーコーがL・ゴールドマンに「涙を流すのはやめましょう」とたしなめたのは、その種の「隠謀史観」的な「物語」への帰結を回避するためではなかったか。
フーコーがその地点で踏みとどまったように、「死んだ」と「断言する」一歩手前で、「死」を「主旋律」としながら、「言説の領界」において起こっている激しいせめぎ合いを観察し検討すること――。文学の批評に求められるのもまた、「死んだ」と「断言」し、「涙を流」しながら歌うことではなく、死を自明とし主旋律としながら、「言説の領界」でいったい何を奏でるかだろう。例えば、かつて蓮実重彦が言っていた「批評=仮「死」の祭典」とは、そういうことだったはずだが、現在「われわれ」は、その「外=死」を「託」された地点から、ずいぶんと後ずさりしてしまったように思える。
作者を構成する言説としての文学批評。(『言説の領界』)
自戒もこめて言えば、「作者」は「死んだ」、「文学」は「死んだ」、「批評」は「死んだ」とロマン主義的に「涙を流」し、それらの「作者名」を神秘化=卓越化してきたのは、ほかならぬ「言説としての文学批評」ではなかったか。それらは「死んだ」と言えば言うほど延命する。「死んだ」という「言説」こそが、最も強力な延命装置なのだ。
(中島一夫)