2016-01-01から1年間の記事一覧

スラヴォイ・ジジェクの倒錯的映画ガイド2 倒錯的イデオロギー・ガイド(ソフィー・ファインズ) その2

二〇世紀の映画=イデオロギーの認知図を見渡すことでしか、ポスト・イデオロギーの現在とは何かを理解し得ない。そして、ポスト・イデオロギーとは、何よりもポスト共産主義にほかならず、このことを受容しないことには、「迫り来る革命」を思考し得ない。 …

スラヴォイ・ジジェクの倒錯的映画ガイド2 倒錯的イデオロギー・ガイド(ソフィー・ファインズ) その1

古くは、レニ・リーフェンシュタール『意志の勝利』、デヴィッド・リーン『逢びき』から、近くはジェームズ・キャメロン『タイタニック』、クリストファー・ノーラン『ダークナイト』まで。数多の映画作品を矢継ぎ早に引用し、シーンに潜むイデオロギーを浮…

PK(ラージクマール・ヒラニ)

嘘と詩を知らない星からやってきた風変わりな男が、優しい嘘と詩を覚えて帰っていく――。 前作『きっと、うまくいく』同様、いわゆるマレビト=物語である。どこからともなくやって来て周囲に影響をもたらし、共同体を変革して去っていく「マレビト」(折口信…

AI的リアリズム

先日の記事(11/8)で書いた「移人称小説」について、もう少し。 渡部直己が言うように、作中で人称や視点が切り替わる「移人称小説」は、「「私小説」を育んできたような描写の持続的覇権が、これを拒んできた」ために、「たやすくは「露出」してこなかった…

何者(三浦大輔)

就活とSNSは似ている。 分かりやすく短い言葉(キーワード)で、的確に自分を表現し、承認を得る。ツイッターは140字で、面接は1分間で、自分が「何者」かを語る。今や政治もワンフレーズだ。 「いつからか俺たちは、短い言葉で自分を表現しなければなら…

小説技術論(渡部直己)

小説技術論作者: 渡部直己出版社/メーカー: 河出書房新社発売日: 2015/06/23メディア: 単行本この商品を含むブログ (2件) を見る この批評家による近作である本書と『日本小説技術史』とを、今ひとつ自らの関心に引きつけあぐねていたが、最近ようやくそれが…

永い言い訳(西川美和)

「後片付けはお願いね」。そう言って、妻の夏子は旅行へ出かけていった。「そのつもりだよ」と夫の幸夫(サチオ)は応え、それが夫婦の最後のやりとりとなる。 今となってはあのとき妻は、まるでそれが死出の旅路であることを知っていて、死後の後始末を「お…

怒り(李相日)

監督・李相日、原作・吉田修一のコンビだった『悪人』には、真の悪人が不在だったように、本作には真の怒りが不在である。後で述べるが、むしろそのことがテーマとなるのだ。 世間をにぎわせた殺人事件、沖縄問題、LGBT、派遣社員、発達障害、……。二重苦より…

帰ってきたヒトラー(デヴィッド・ヴェンド)

ずいぶん前に見た作品だが、投稿しそびれていたので。 本作は、ヒトラーの「存在」そのものが、現代ドイツに「帰ってきた」という作品だ。 ここでいう「存在」とは、むろんハイデガーが言った、真理は指導者(フューラー)を通して、「存在」によって開示さ…

FAKE(森達也)

タイトルが「FAKE」、しかも『ドキュメンタリーは嘘をつく』というTV番組を制作している人物の作品に、何が嘘で何が真実かと問うてもあまり意味がないだろう。 この作品は、いったん見てしまえば、我々の知っている佐村河内守氏の「物語」をすべて覆すだろ…

論集 蓮實重彦(工藤庸子 編)

論集 蓮實重彦作者: 工藤庸子出版社/メーカー: 羽鳥書店発売日: 2016/07/06メディア: 単行本この商品を含むブログ (8件) を見る上記に、「批評家とは誰か――蓮實重彦と中村光夫」を寄稿しています。 執筆者は以下のとおりです。http://www.hatorishoten.co.jp…

柄谷行人の「中野重治と転向」について その3

そのように二元論的対立が失効していたにもかかわらず、むしろ中野の方が「救いがたいほど」対立を生きていたのだ。1948年から58年まで、日本共産党専従だった増山太助の以下の証言は、その背景を伝えていよう。 中野と窪川(鶴次郎)はともに旧制四高出身で…

柄谷行人の「中野重治と転向」について その2

例えば、中野が『むらぎも』の有名な場面――芥川に、「才能として認められるのは」堀辰雄と君だけだから、文学をやめないで続けてほしいと言われ、「あ、あ、あ」この人は「学問・道徳的にまちがっている」と考える場面――についても、柄谷は、「文学をやめて…

柄谷行人の「中野重治と転向」について その1

柄谷行人は、冷戦崩壊直前の1988年に、中野重治の転向について論じている(「中野重治と転向」、『ヒューモアとしての唯物論』)。おそらく、この時柄谷は、目前に迫っていた冷戦崩壊によって、いよいよ訪れようとしていた、マルクス主義の終焉に備えようと…

ディストラクションベイビーズ(真利子哲也)

「イミフ」(意味不明)という声と、絶賛する声(特に俳優の怪演)とに二分されているようだ。 ストーリーらしきストーリーはほとんどない。全編、ひたすら喧嘩しまくるだけ、よく企画が通ったと思わせる問題作である。 『イエローキッド』や習作の頃からこ…

「総力戦」の時代における文学・批評・政治

5月21日(土)、紀伊國屋書店新宿本店にて行われるイベントに参加します。https://www.kinokuniya.co.jp/c/store/Shinjuku-Main-Store/20160426100059.html 以下、パネリストの最近の言葉から。 トークの内容と直接には関係ないものの、これらは互いに交…

伯爵夫人(蓮實重彦)

遅ればせながら、この話題作を読んだ(『新潮』4月号)。 冒頭近くに「それにしても、目の前の現実がこうまでぬかりなく活動写真の絵空事を模倣してしまってよいものだろうか」とあるように、さまざまな映画や小説あるいは作家を想起させるような記号がちり…

リップヴァンウィンクルの花嫁(岩井俊二)

さまざまなところに、「3・11以降」が刻印されている。 主人公の「七海」(黒木華)は、宮澤賢治の故郷、岩手の花巻出身(SNSのアカウントも、「クラムボン」に「カムパネルラ」)で、現在は東京の高校で派遣の非常勤講師をしている。 監督はインタビ…

断食芸人(足立正生)

パレスチナ革命に身を投じたこの監督の新作が、カフカの『断食芸人』を題材にしたものだと知って、やはり、と思った。私もまた、昨年の国会前のハンスト行動を見たとき、『断食芸人』を思い出していた。 修行や健康のためではなく、芸=表現としての断食。 …

サウルの息子(ネメシュ・ラースロー)

ピンボケの画面を男が近づいてくる。 その男、サウルは、アウシュヴィッツ=ビルケナウ絶滅収容所の「ゾンダーコマンド」だ。ガス室の遺体処理や床洗いのために、ユダヤ人で構成された特別部隊で、背中に×印の囚人服を着せられている。 ゾンダーコマンドに指…

マネー・ショート 華麗なる大逆転(アダム・マッケイ)

それにしても、胸糞悪い映画だ。 リーマンショック前夜。ここには、バブルを仕掛けた者と、バブルが崩壊することを望んでいる者しか出てこない。主に後者――バブル崩壊を一足先に察知して、それをまた儲けにつなげた者たち――が主人公たちである。 だが、胸糞…

曖昧な言葉

先日(3月1日)の記事に対して、大杉重男氏から再反論があったようだ。 一言で言えば、私の文章は「曖昧」だという主張だが、特にそれに応えることはない。書き手の不注意も読み手の誤読もありふれたことだ。ただ、私は、大杉氏を「国語の問題として」間違っ…

中村光夫をめぐる誤解

中村光夫が小説家に読まれなくなった理由については、かつて次のようなやり取りがあった。 蓮實重彦 これは必ずしも私小説論には限りませんが、小説理論をおまとめになった『日本の近代小説』とか、『日本の現代小説』とか『小説入門』のなかで「肉声を響か…

大杉重男氏に応えて

『子午線』4号に掲載されている拙論に対する、大杉重男氏のブログ記事を読んだ。http://franzjoseph.blog134.fc2.com/blog-entry-79.html 言うまでもなく、私はこの大杉の論にほぼ全面的に反対である。その理由は拙論を読んでもらえれば分かると思うので全…

記号と機械(マウリツィオ・ラッツァラート)

記号と機械: 反資本主義新論作者: マウリツィオラッツァラート,Maurizio Lazzarato,杉村昌昭,松田正貴出版社/メーカー: 共和国発売日: 2015/12/12メディア: 単行本この商品を含むブログ (1件) を見る今号の「週刊読書人」(2月26日号)に、上記の書評が掲…

マルクス主義における再生産論的転回(沖公祐)

現代思想と政治: 資本主義・精神分析・哲学作者: 市田良彦,王寺賢太出版社/メーカー: 平凡社発売日: 2016/01/22メディア: 単行本この商品を含むブログ (6件) を見る ご恵投を受けた『現代思想と政治』(市田良彦 王寺賢太編)には、興味深い論考がずらっと並…

最愛の子(ピーター・チャン)

深圳の下町の一角でインターネットカフェ(といっても駄菓子屋のような佇まい)を営んでいるティエン。家の電気の接触が悪いので、もつれにもつれて錯綜した送電線の束から、我が家につながる一本を探し出そうとするが、なかなか見つからない。挙句、別の家…

帝国主義の尖兵――文学・転向・擬制

上記連載を、近々刊行の『子午線 原理・形態・批評』vol4にて開始します。初回は、中村光夫を論じました。http://shoshi-shigosen.co.jp/books/shigosen4/ 中村光夫『二葉亭四迷伝』の冒頭に、中村が、染井霊園の二葉亭の墓を訪れたエピソードがあります。…

大衆天皇制論と共和国

松下圭一の高名な「大衆天皇制論」(1959年)は、一見大衆天皇制の社会学的な分析に終始しているようで、読み直してみると、その「続編」(「続大衆天皇制論」)では、大衆天皇制への抵抗として、共和制がかなり積極的に掲げられている。 状況としての大衆天…

独裁者と小さな孫(モフセン・マフマルバフ)

その声ひとつで、街中の灯りを点灯・消滅させる権力を手中にしていた老独裁者が、クーデターによって大統領の座を追われ、愛する孫の手を引いて、命からがら国内を逃亡する。ある時は羊飼いに、またある時は旅芸人に変装し、ついにはかつて自らが裁いた政治…