2017-01-01から1年間の記事一覧

否定と肯定(ミック・ジャクソン)

ホロコーストはあったか、なかったかをめぐる2000年の法廷闘争の映画化だ。 ユダヤ人女性歴史学者と、「ホロコーストはなかった」と主張する否定論者であるイギリスの歴史作家が、イギリス王立裁判所で対決する。原題は「Denial」(否認)。この原題「否認」…

津村喬の江藤淳「フォニイ」批判とその後

かつて津村喬は、江藤淳の「フォニイ」論について、次のように批判した。 ここにこそフォニイ論が投げつけられるべき土壌があったのだが、江藤淳のまがいもの批判には「正統」と「成熟」を至高とする度し難い上昇志向がみられた。それは一言にしていえば、う…

散歩する侵略者(黒沢清)

「侵略者」たちは、地球人の身体を乗っ取り、次に彼らの思考の言語化である「概念」を盗み取る。心身ともに地球人となることで、地球を侵略してしまおうというのだ。概念を抜き取られた地球人は、それにまつわる思考を失ってしまう。その姿は、まるでまだそ…

ローサは密告された(ブリランテ・メンドーサ)

主演女優のジャクリン・ホセが、東南アジアの女優では初めてカンヌ国際映画祭主演女優賞(2016年)を受賞したことでも話題となった作品だ。 フィリピン、マニラのスラム街。その片隅でサリサリストア(雑貨屋)を営む夫婦には四人の子供がおり、生活は貧しい…

君の膵臓をたべたい(月川翔)

すでに盛んに言われているように、本作は(少なくとも映画版は)、『世界の中心で、愛をさけぶ』(小説2001年、映画版2004年)と似ている。だが、本当に目を引くのは、むしろ類似ではなくその差異だ。 いちいちストーリーは追わないが、まず本作『キミスイ』…

22年目の告白――私が殺人犯です(入江悠)その2

東浩紀の新刊『観光客の哲学』とは、「必然性」の最後の領域と思われてきた「家族」にまで、「偶然性」を導入した「思想」にほかならない。 世界は「偶然性=確率性」で覆い尽くされていると見なすこと。そこで言われる、「「まじめ」(必然性)か「ふまじめ…

22年目の告白――私が殺人犯です(入江悠)その1

「私が生きのびたのは、おそらく偶然によってであったろう。生きるべくして生きのびたと、私は思わない。」「生き残ったという複雑なよろこびには、どうしようもないうしろめたさが最後までつきまとう。」「生きている限り、生き残ったという実感はどのよう…

アナキスト民俗学 尊王の官僚・柳田国男(すが秀実、木藤亮太)その2

おそらく、本書において、最も疑問や批判を呼ぶのは、戦前から戦後の転換期に、フロイト「トーテムとタブー」のごとき「王殺し」を見ようとするくだり(第三章)だろう。もちろん、この「王殺し」は、天皇主権から国民主権への移行に「革命」を見るという、…

アナキスト民俗学 尊王の官僚・柳田国男(すが秀実、木藤亮太)その1

アナキスト民俗学: 尊皇の官僚・柳田国男 (筑摩選書)作者: 絓秀実,木藤亮太出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2017/04/12メディア: 単行本この商品を含むブログ (5件) を見る 7月8日(土)、本書の刊行記念トークイベント「アナキズムと柳田国男―「戦後天…

セールスマン(アスガー・ファルハディ)その2

それは、後々判明するように(したがってネタバレになるが)、ラナをレイプした犯人が、まさに60歳を超えているだろう、くたびれたセールスマンだったからだ。 エマッドは劇でセールスマンのウィリーを演じることで、バスルームで一人シャワーを浴びていた…

セールスマン(アスガー・ファルハディ)その1

冒頭、ベッドやイス、テーブルなどの家具が映し出される。 すると、いきなり外で「早く逃げろ、建物が崩れるぞ!」と叫び声がする。エマッド(シャハブ・ホセイニ)とラナ(タラネ・アリドゥスティ)夫婦も、何が起こったのか分からぬまま、とるものもとりあ…

群島と大学 冷戦ガラパゴスを超えて(石原俊)

「週刊読書人」6月30日号に、上記の書評が掲載されています。 下のウェブ版でも読めます。http://dokushojin.com/

ちょっと今から仕事やめてくる(成島出)

ご都合主義的な設定や展開といい、その結末といい、とても作品として評価はできない。なかでも、ラストのボツワナとその子供の表象のされ方は、ポスコロやカルスタどころではない、何か決定的に政治感覚の劣化の底が抜けた感があり、唖然とするほかない(北…

マンチェスター・バイ・ザ・シー(ケネス・ロナーガン) その2

必要以上に精神分析的に作品を「読んで」みたのも、ほかでもない、どうやら精神分析は「終焉」したらしいからだ(『表象11』ほか)。この作品が、どこか「安心」して見られるのは、このように主人公が、トラウマを抱えた典型的な精神分析的主体だからでもあ…

マンチェスター・バイ・ザ・シー(ケネス・ロナーガン) その1

後半、主人公のリー(ケイシー・アフレック)が夢を見る場面がある。夢の中で娘たちに「お父さん、私たち燃えてるの?」と問われる場面だ。 言うまでもなく、これはフロイト『夢判断』にある高名な夢――死んだ息子が父親の夢に現れ、「お父さん、僕が燃えてい…

バンコクナイツ(富田克也) その2

バンコクからラオスまで、バスに揺られながら、田舎の純朴な女性を求めて分け入って行く「金城」という男の存在が、その「構造の秘密」を体現していよう。金城は言う。「わざわざ出稼ぎに来るのなら、こっちから行けばタダって話ですよ」、「カネなんか払っ…

バンコクナイツ(富田克也) その1

君がいなくなってから二年が過ぎた 君の両親が身売りに連れていったという話 心が痛み傷ついたけど我慢しないと 貧しさが強いたことなのだから チェンマイからスンガイコーロクへ体を売りに行く 世界が輝く喜びの人生はたったの15年だけで あとは暗闇の人生 …

大西巨人の「転向」(すが秀実)

2月25日に行われた、上記講演(二松學舎大学における公開ワークショップ「大西巨人の現在 文学と革命」にて)を拝聴。聴衆の誰もが感じただろうが、きわめてスリリング、圧巻の内容だった。今後、何らかの形で活字になる可能性もあるだろうから、ここでは…

ボヤージュ・オブ・タイム(テレンス・マリック)

3/10公開の本作にコメント寄せました。 さまざまな意味で驚嘆、絶句する作品。 以下のコメント欄です。よろしくお願いします。 http://gaga.ne.jp/voyage/

淵に立つ(深田晃司)

見逃していた昨年の作品だが、噂に違わぬ怪作である。 「淵に立つ」とは、「人間を描くということは、崖の淵に立って暗闇をのぞき込む」ような行為だと言う、監督の「師」である平田オリザの言葉からだという。だが、『歓待』(2010年)、『ほとりの朔子』(…

タイム・スリップの断崖で(すが秀実)

タイム・スリップの断崖で [ スガ 秀実 ]ジャンル: 本・雑誌・コミック > 人文・地歴・哲学・社会 > 政治ショップ: 楽天ブックス価格: 2,484円 本書の書評が、「週刊読書人」2月10日号に掲載されています(以下のwebでも読むことができます)。http://dok…

天使の誘惑(新木正人)

天使の誘惑作者: 新木正人出版社/メーカー: 論創社発売日: 2016/06メディア: 単行本この商品を含むブログを見る 68年革命の渦中で書かれたこれらの言葉を、まともに論じる能力も資格もない(詳しくは、すが秀実による『遠くまで行くんだ』復刻版の「解説」…

ホドロフスキーの虹泥棒(アレハンドロ・ホドロフスキー)

日本では初公開、1990年のホドロフスキー長編6作目だ。「幻の未公開作」と言われてきたが、噂に違わぬ傑作だった(カルトなホドロフスキー好きには、やや物足りないかもしれないが)。 『アラビアのロレンス』のピーター・オトゥール、『ドクトル・ジバコ』…

なし崩しの果てーープチブルインテリゲンチャ、平野謙

子午線──原理・形態・批評 Vol.5作者: 下村康臣、武田崇元、松本圭二、中島一夫、手塚敦史、宿久理花子、木藤亮太、大澤南出版社/メーカー: 書肆子午線発売日: 2017/01/15メディア: 単行本この商品を含むブログ (1件) を見る1月15日刊行の『子午線』vol,5…

内野光子「タブーのない短歌の世界を」

触れそびれていたが、昨年の重要な論考の一つに、内野光子「タブーのない短歌の世界を 「歌会始」を通して考える」(『ユリイカ』2016年8月)があった。 歌人である内野は、自ら短歌空間の渦中にいながら、いかに短歌が天皇制と密接に関わっているかを論じ…