ちょっと今から仕事やめてくる(成島出)

 ご都合主義的な設定や展開といい、その結末といい、とても作品として評価はできない。なかでも、ラストのボツワナとその子供の表象のされ方は、ポスコロやカルスタどころではない、何か決定的に政治感覚の劣化の底が抜けた感があり、唖然とするほかない(北川恵海の原作では、ラストで主人公は、ボツワナに行くのではなく心理カウンセラーへと転身するが、これについては後で述べる)。

 にもかかわらず、主人公「青山隆」(工藤阿須加)のように出口のない就活を経て、就職していった元学生と接していると、何とも本作のリアリティは否定できない。主人公同様、

月曜日の朝は死にたくなる。火曜日の朝は何も考えたくない。水曜日の朝は一番しんどい。木曜日の朝は少し楽になる。金曜日の朝は少し嬉しい。土曜日の朝は一番幸せ。日曜日の朝は少し幸せ。でも明日を思うと一転、憂鬱。以下、ループ。

という生活を送り、「ちょっと今から仕事やめてくる」とは言えないで苦しんでいる「新社会人」は珍しくない。「でも入社半年足らずで辞められるわけがないんだよ。そんな根性のない奴、次の企業が雇ってくれるわけないんだよ」と逡巡しては夜もうまく眠れず、今日も会社へと向かうのだ。

 青山が勤める会社は、中堅の印刷関係だ。作中「ブラック企業」と言われているが、今やブラックか否かに明確な線引きがあるのだろうか。長時間労働に残業代のピンハネ、上司による圧迫などは、大なり小なりどこの職場にもある。

 青山の職場では「上司の言葉は神の言葉!」という「社訓」を、毎朝全員起立で唱えさせられるが、卒業生などから聞く「研修」の実態もそれと大差ない。逆に言えば、今や市民社会ディシプリンは崩壊しているので、大学卒業まで「消費者」として生きてきた学生を、社会に出るや否や「労働者」(今や「人的資本」家というべきか)に突然変異させるには、もはや「洗脳」以外にないではないか、というのが企業の言い分なのかもしれない。

 そんななか、青山は二度死のうとするものの、二度とも救われる。どこからともなく現れた「ヤマモト」(福士蒼汰)が神の手を差し伸べるのだ。青山にとってヤマモトは、家族の大切さや「人生、そんなに悪いもんじゃない」ということを教えてくれ、また「ちょっと今から仕事やめてくる」と会社に告げるのに背中を押してくれる存在なのだ。孤児のヤマモトは、かつて双子の兄弟を過労自殺で喪い、一心同体の彼を助けられなかったという後悔から、今にも自殺しそうだった青山に手を差し伸べたのだった。「僕に世界を変えることなどできない。しかし、この目にとまる人だけでもなんとか助けたい」。

 重要なのは、ヤマモトが二人いることだ。両親に「純粋」で「優しい」人になるようそう名づけられた、一方の「純」は死ぬが、「優」は今やボツワナの自然と「天使=子供」に囲まれて生きている。だが、二人は鏡像の関係にある双子なのだ(優が鏡をたたき割るシーンがある)。すなわち、一心同体のヤマモトは、「二つの身体」を所有していると捉えるべきである。青山は、そんなヤマモトを、「神様」とも「幽霊」とも思うだろう。だから彼は、二度助けられねばならないのである。一度目は「神様=優」に、二度目は「幽霊=純」に。

 端的に言おう。ヤマモトは、作品の無意識のレベルで、「自然的身体」(過労死)と「政治的身体」(不死)という「王の二つの身体」(カントーロヴィチ)を併せ持つ天皇である。この身体は、今やボツワナにまで拡張している。

 すると、原作ではヤマモトが、ラストで心理カウンセラーになっているのも頷けよう。被災地を巡って人々に寄り添っていくそのあり方は、心理カウンセラーそのものである。また、昨年の「お言葉」は、「このままでは過労死してしまう」というメッセージではなかったか。にもかかわらず、すぐに退位=退職が認められず、さまざまな理由をつけられては「契約満了」を引き延ばされていくのである。このありようが、「ちょっと今から仕事やめてくる」と言えない社会の鏡像になっているのだ。

 原作では、ヤマモトに助けられた青山が新たな「ヤマモト」となり、自らもヤマモトの手足=身体となって、心理カウンセラーとして人々を助けていくだろう(「今度は俺が、その人を苦しみから救いたい」)。この相互扶助的な、総心理カウンセラー化こそが、現在の政治的身体=天皇制の戯画である。天皇を「利用」してきたリベラルは、今度は「お言葉」を、反「ブラック」企業や過労死撲滅のスローガンとして「利用」するというのはどうだろうか。それにしても、現在の人的資本主義の息苦しさへの対抗が、こうした純粋さと優しさによる相互扶助=セーフティーネットでしかないとしたら、それ自体が息苦しさの二乗でしかない。「新社会人」は、本作を見て涙するかもしれないが、その涙は、決して「感動」のためばかりではないのだろう。

中島一夫