cinema

女は二度決断する(ファティ・アキン)

一行目からネタバレがある。 ラストの自爆をどう考えるかだろう。 これを、夫と子供をテロで失った主人公「カティヤ」(ダイアン・クルーガー)による復讐と捉えれば、裁判で証拠不十分のため「無罪」となったネオナチの実行犯二人を、自らの手で裁こうとす…

素敵なダイナマイトスキャンダル(冨永昌敬)

「写真時代」はじめ、発禁と創刊を繰り返しながら、カルチャー・エロ雑誌を次々と世に送り出した雑誌編集長、末井昭の自伝エッセイの映画化。荒木経惟、南伸坊、赤瀬川原平、嵐山光三郎といった当時の「表現者」との邂逅、交通が描かれるが、直接は登場しな…

デトロイト(キャスリン・ビグロー)

「銃はどこだ!」「発砲した奴はどいつだ!」「言わないとまた死人が出るぞ!」 壁に手をついたまま、銃を体につきつけてくる警官たちの怒声を背中に浴び続ける。一人一人別室に連れこまれリンチを加えられる。 『ハート・ロッカー』、『ゼロ・ダーク・サー…

月夜釜合戦(佐藤零郎)その2

本作に登場する男たちは、何らかの釜ヶ崎の記憶=歴史を背負っている。二代目を継ぐはずのタマオがしばらくこの地を離れていたのは、「仁吉」(川瀬陽太)に向かって吐き捨てるように、組のやくざが警官と共謀し賄賂をやり取りしていたことが発覚した、一九…

月夜釜合戦(佐藤零郎)その1

16ミリフィルムで撮られた本作を映し出そうと、劇場内に運び込まれた映写機のカタカタ回る音が、自転車の女がこぐペダルの音と重なるように映画が始まる。この映画館(神戸元町映画館)に普段は存在しない映写機が劇場後方に陣取っており、訪れた観客誰もが…

否定と肯定(ミック・ジャクソン)

ホロコーストはあったか、なかったかをめぐる2000年の法廷闘争の映画化だ。 ユダヤ人女性歴史学者と、「ホロコーストはなかった」と主張する否定論者であるイギリスの歴史作家が、イギリス王立裁判所で対決する。原題は「Denial」(否認)。この原題「否認」…

散歩する侵略者(黒沢清)

「侵略者」たちは、地球人の身体を乗っ取り、次に彼らの思考の言語化である「概念」を盗み取る。心身ともに地球人となることで、地球を侵略してしまおうというのだ。概念を抜き取られた地球人は、それにまつわる思考を失ってしまう。その姿は、まるでまだそ…

ローサは密告された(ブリランテ・メンドーサ)

主演女優のジャクリン・ホセが、東南アジアの女優では初めてカンヌ国際映画祭主演女優賞(2016年)を受賞したことでも話題となった作品だ。 フィリピン、マニラのスラム街。その片隅でサリサリストア(雑貨屋)を営む夫婦には四人の子供がおり、生活は貧しい…

君の膵臓をたべたい(月川翔)

すでに盛んに言われているように、本作は(少なくとも映画版は)、『世界の中心で、愛をさけぶ』(小説2001年、映画版2004年)と似ている。だが、本当に目を引くのは、むしろ類似ではなくその差異だ。 いちいちストーリーは追わないが、まず本作『キミスイ』…

22年目の告白――私が殺人犯です(入江悠)その2

東浩紀の新刊『観光客の哲学』とは、「必然性」の最後の領域と思われてきた「家族」にまで、「偶然性」を導入した「思想」にほかならない。 世界は「偶然性=確率性」で覆い尽くされていると見なすこと。そこで言われる、「「まじめ」(必然性)か「ふまじめ…

22年目の告白――私が殺人犯です(入江悠)その1

「私が生きのびたのは、おそらく偶然によってであったろう。生きるべくして生きのびたと、私は思わない。」「生き残ったという複雑なよろこびには、どうしようもないうしろめたさが最後までつきまとう。」「生きている限り、生き残ったという実感はどのよう…

セールスマン(アスガー・ファルハディ)その2

それは、後々判明するように(したがってネタバレになるが)、ラナをレイプした犯人が、まさに60歳を超えているだろう、くたびれたセールスマンだったからだ。 エマッドは劇でセールスマンのウィリーを演じることで、バスルームで一人シャワーを浴びていた…

セールスマン(アスガー・ファルハディ)その1

冒頭、ベッドやイス、テーブルなどの家具が映し出される。 すると、いきなり外で「早く逃げろ、建物が崩れるぞ!」と叫び声がする。エマッド(シャハブ・ホセイニ)とラナ(タラネ・アリドゥスティ)夫婦も、何が起こったのか分からぬまま、とるものもとりあ…

ちょっと今から仕事やめてくる(成島出)

ご都合主義的な設定や展開といい、その結末といい、とても作品として評価はできない。なかでも、ラストのボツワナとその子供の表象のされ方は、ポスコロやカルスタどころではない、何か決定的に政治感覚の劣化の底が抜けた感があり、唖然とするほかない(北…

マンチェスター・バイ・ザ・シー(ケネス・ロナーガン) その2

必要以上に精神分析的に作品を「読んで」みたのも、ほかでもない、どうやら精神分析は「終焉」したらしいからだ(『表象11』ほか)。この作品が、どこか「安心」して見られるのは、このように主人公が、トラウマを抱えた典型的な精神分析的主体だからでもあ…

マンチェスター・バイ・ザ・シー(ケネス・ロナーガン) その1

後半、主人公のリー(ケイシー・アフレック)が夢を見る場面がある。夢の中で娘たちに「お父さん、私たち燃えてるの?」と問われる場面だ。 言うまでもなく、これはフロイト『夢判断』にある高名な夢――死んだ息子が父親の夢に現れ、「お父さん、僕が燃えてい…

バンコクナイツ(富田克也) その2

バンコクからラオスまで、バスに揺られながら、田舎の純朴な女性を求めて分け入って行く「金城」という男の存在が、その「構造の秘密」を体現していよう。金城は言う。「わざわざ出稼ぎに来るのなら、こっちから行けばタダって話ですよ」、「カネなんか払っ…

バンコクナイツ(富田克也) その1

君がいなくなってから二年が過ぎた 君の両親が身売りに連れていったという話 心が痛み傷ついたけど我慢しないと 貧しさが強いたことなのだから チェンマイからスンガイコーロクへ体を売りに行く 世界が輝く喜びの人生はたったの15年だけで あとは暗闇の人生 …

ボヤージュ・オブ・タイム(テレンス・マリック)

3/10公開の本作にコメント寄せました。 さまざまな意味で驚嘆、絶句する作品。 以下のコメント欄です。よろしくお願いします。 http://gaga.ne.jp/voyage/

淵に立つ(深田晃司)

見逃していた昨年の作品だが、噂に違わぬ怪作である。 「淵に立つ」とは、「人間を描くということは、崖の淵に立って暗闇をのぞき込む」ような行為だと言う、監督の「師」である平田オリザの言葉からだという。だが、『歓待』(2010年)、『ほとりの朔子』(…

ホドロフスキーの虹泥棒(アレハンドロ・ホドロフスキー)

日本では初公開、1990年のホドロフスキー長編6作目だ。「幻の未公開作」と言われてきたが、噂に違わぬ傑作だった(カルトなホドロフスキー好きには、やや物足りないかもしれないが)。 『アラビアのロレンス』のピーター・オトゥール、『ドクトル・ジバコ』…

スラヴォイ・ジジェクの倒錯的映画ガイド2 倒錯的イデオロギー・ガイド(ソフィー・ファインズ) その2

二〇世紀の映画=イデオロギーの認知図を見渡すことでしか、ポスト・イデオロギーの現在とは何かを理解し得ない。そして、ポスト・イデオロギーとは、何よりもポスト共産主義にほかならず、このことを受容しないことには、「迫り来る革命」を思考し得ない。 …

スラヴォイ・ジジェクの倒錯的映画ガイド2 倒錯的イデオロギー・ガイド(ソフィー・ファインズ) その1

古くは、レニ・リーフェンシュタール『意志の勝利』、デヴィッド・リーン『逢びき』から、近くはジェームズ・キャメロン『タイタニック』、クリストファー・ノーラン『ダークナイト』まで。数多の映画作品を矢継ぎ早に引用し、シーンに潜むイデオロギーを浮…

PK(ラージクマール・ヒラニ)

嘘と詩を知らない星からやってきた風変わりな男が、優しい嘘と詩を覚えて帰っていく――。 前作『きっと、うまくいく』同様、いわゆるマレビト=物語である。どこからともなくやって来て周囲に影響をもたらし、共同体を変革して去っていく「マレビト」(折口信…

何者(三浦大輔)

就活とSNSは似ている。 分かりやすく短い言葉(キーワード)で、的確に自分を表現し、承認を得る。ツイッターは140字で、面接は1分間で、自分が「何者」かを語る。今や政治もワンフレーズだ。 「いつからか俺たちは、短い言葉で自分を表現しなければなら…

永い言い訳(西川美和)

「後片付けはお願いね」。そう言って、妻の夏子は旅行へ出かけていった。「そのつもりだよ」と夫の幸夫(サチオ)は応え、それが夫婦の最後のやりとりとなる。 今となってはあのとき妻は、まるでそれが死出の旅路であることを知っていて、死後の後始末を「お…

怒り(李相日)

監督・李相日、原作・吉田修一のコンビだった『悪人』には、真の悪人が不在だったように、本作には真の怒りが不在である。後で述べるが、むしろそのことがテーマとなるのだ。 世間をにぎわせた殺人事件、沖縄問題、LGBT、派遣社員、発達障害、……。二重苦より…

帰ってきたヒトラー(デヴィッド・ヴェンド)

ずいぶん前に見た作品だが、投稿しそびれていたので。 本作は、ヒトラーの「存在」そのものが、現代ドイツに「帰ってきた」という作品だ。 ここでいう「存在」とは、むろんハイデガーが言った、真理は指導者(フューラー)を通して、「存在」によって開示さ…

FAKE(森達也)

タイトルが「FAKE」、しかも『ドキュメンタリーは嘘をつく』というTV番組を制作している人物の作品に、何が嘘で何が真実かと問うてもあまり意味がないだろう。 この作品は、いったん見てしまえば、我々の知っている佐村河内守氏の「物語」をすべて覆すだろ…

ディストラクションベイビーズ(真利子哲也)

「イミフ」(意味不明)という声と、絶賛する声(特に俳優の怪演)とに二分されているようだ。 ストーリーらしきストーリーはほとんどない。全編、ひたすら喧嘩しまくるだけ、よく企画が通ったと思わせる問題作である。 『イエローキッド』や習作の頃からこ…