月夜釜合戦(佐藤零郎)その1

 16ミリフィルムで撮られた本作を映し出そうと、劇場内に運び込まれた映写機のカタカタ回る音が、自転車の女がこぐペダルの音と重なるように映画が始まる。この映画館(神戸元町映画館)に普段は存在しない映写機が劇場後方に陣取っており、訪れた観客誰もが、まずその何ともいえない存在感に心動かされる。

 そして、飛田遊郭の店を追放され、今は私娼の「メイ」(太田直里)が、これから始まる「合戦」の舞台である釜ヶ崎の町や、炊き出しの三角公園を自転車で縫うように走り去っていく姿をカメラが追っていくとき、この作品が、音をたてて回り続ける映写機のように、かつてはそこに存在していたにもかかわらず、今は不在だったり見えなくなっている者たちを、観客の前に在らしめる映画なのだということを理解する。

 そう、この作品空間には「ないもの」だけが「ある」。映画が、「あるもの」の影を映し出すものだとしたら、この作品は映画に逆らって、むしろ「ないもの」を想像=創造の力によって火を灯し見させる映画なのだ。

 その「ないもの」とは、例えば子供の「貫太郎」が「父ちゃん、背中がスースーすんねん」とこぼす、その背中に不在のランドセルだったり、やくざの釜足組二代目の「タマオ」(渋川清彦)の片「タマ」だったりするが、もちろん本作において「ないもの」の最たるは「釜」にほかならない。

 それは、盗まれ、「ないもの」となることによって物語が展開する、文字通りの釜である(落語の「釜泥」から着想が得られている)と同時に、「釜ヶ崎」という地名(地名としては一九二二年に消滅し「ないもの」となっている)であり、また再開発され「ジェントリフィケート」されている、ここ「釜」の「場」自体でもあろう。

 すでにさまざまな論者が言うように、なるほど本作は一九六〇年代ロンドンに始まり、その後世界的な現象として広がった「ジェントリフィケーション」(ルース・グラス『ロンドン』)への抵抗の映画ではある。世界各地で郊外の発展とともに都心が空洞化し、そこに資本が回帰して地域一帯を「住みよい町」へと作り換えてしまう「ジェントリフィケーション」(地域の高級化)は、もともと十六世紀イギリスの「囲い込み」、すなわち領主や富農(=ジェントリ)が農民から強奪した共有地を囲い込んでは、羊を飼う牧場に作り換えていった現象からそのように名づけられた。

 言うまでもなく、これは『資本論』のマルクスが「原始的蓄積」と呼んだ現象にほかならない。その「原畜」を、社会学者が「ジェントリフィケーション」と言い換えているだけだ。そのように言い換えることで、むしろそれは資本主義の起源にある暴力の記憶を忘れさせることに加担している。「ジェントリフィケーション」なる言葉自体が、「原畜」を追い出して「ないもの」にしているのだ。四大寄せ場である山谷(東京)、寿(横浜)、笹島(名古屋)から、そして釜ヶ崎(大阪)へと転々としてきた芸人である貫太郎の父が、不動産資本「キャピタルビート」の男が放つ炎に焼き殺されたとき、そこにはその一回の単発の暴力ではなく、次々と寄せ場を駆逐してきた繰り返される原畜の暴力の記憶が画面に刻まれているのだ。

(続く)