マシュー・C・クレイン/マイケル・ペティス『貿易戦争は階級闘争である 格差と対立の隠された構造』

 

 

 ジジェクは、『パンデミック2』で次のように本書に触れている。

 

現代における階級闘争の強力な再起とは、あらゆる矛盾の階級闘争への収斂ではなく、メディアが注目する他の闘争が階級闘争により変位効(displaced effect)として過剰規定されることである。マシュー・C・クレインとマイケル・ペティスが『Trade Wars Class Wars』で立証するように、米中の〝貿易戦争〟は、両国内の階級闘争を背景に分析して初めて理解ができる。(中林敦子訳)

 

 トランプは、「米中貿易戦争」という、あたかも貿易が二国間のゼロサムゲームであるかのように、短絡的な二項対立の物語を煽った。また、そこから「新冷戦」や「米中派遣争い」、「二大ブロック」……などなど世界を二分する、これまたわかりやすくも(被害)妄想的な物語が派生し、流通していった。本書は、オーソドックスな国際貿易金融のメカニズムの歴史的な解明の書でありながら、同時に、そうした安易な、だからこそ感情論的に機能する物語からいかに思考を脱却させるかという視点で書かれている。その結論は同意しかねるもの――認識を改めさえすれば、自然に不平等も帝国主義も平和裏に解消されるかのような社会民主主義的なもの――だが、視点としては現状に対して批評的といってよい。吟味しながら読むことで、有効な武器になろう。章立ては以下のとおり。

 

 第一章 アダム・スミスからティム・クックへ――グローバル貿易の変容

 第二章 国際金融の発達

 第三章 貯蓄、投資、不均衡

 第四章 天安門から一帯一路へ――中国の黒字を理解する

 第五章 壁の崩壊と黒いゼロ(シュバルツェ・ヌル)——ドイツの黒字を理解する

 第六章 アメリカ例外主義――法外な負担と執拗な赤字

 まとめ――貿易戦争の終わり、階級闘争の終わり

 

 大枠の主張は、ほぼ書名が告げるところに尽きている。

一国内の不平等が拡大する → 本来労働者が得られるはずの収入を奪われる → 労働者の購買力が抑えられる → 消費がふるわない → 製造品の過剰在庫が生じる → 他国に売りつけられる → 富裕層の余剰資金も国内では収益が確保できないので、国外へ投資される → 一国の貿易黒字が計上される――。

 

 したがって、現在の貿易黒字は、生産性の向上によるものではなく、国内の不平等の帰結なのだ、と。ある国の貿易黒字は他国を貿易赤字に追い込むのだから、その結果両国内に引き起こされる「貿易戦争」の核心は、一国内「階級闘争」(正確には「階級格差」であり、両者の違いは決定的だが、ここでは問わない)だということになる。本書の分析では、「現代では中国、日本、ドイツが製品を過剰に供給し、アメリカがその受け皿になっている」と。いずれにしても、「19世紀末も1920年代も今日も、所得のきわめて不平等な分布が引き起こした悪影響は、グローバルな貿易と金融の制度を通じて他の国へと広がっていった」(小坂恵理訳)のだ、と。

 

 もちろん、本書「解説」(青山直篤)も指摘するように、「本書は長く続いた賃金の抑制に着目し、需要サイドを重視するあまり、供給サイドへの目配りが弱い」ことは否めない。また、全ての矛盾の受け皿がアメリカであるという、その「アメリカ例外主義」(第6章を見れば明らかだが、本書はアメリカ例外主義を隠さない)は果たしてどうなのか。もちろん、本書はただ単に「アメリカは唯一の犠牲者」だと言っているわけではなく、「アメリカの金融制度や消費者市場は他の場所で行なわれる搾取のための安全弁として機能して」おり、実際は「世界のすべての国の国民が、この仕組みに苦しめられている」という意味でそうなのだということではあるが……。本書に対する経済学者の批判や反論を待ちたいところである。

 

 それでもなお、国家間の貿易戦争を激化させている根源的な要因は、むしろ国家の内部で進行する不平等の拡大だと主張し、なおかつ「これは本質的に楽観的な主張だ」とする本書のスタンスは現在きわめて重要だろう。本書がその主張を「楽観的」と言うのは、そう主張することで本書は、「国家間や経済ブロック間でゼロサムゲームが進行し、勝ち負けを争う状況を世界は我慢するしかないとは考えないからだ」と。本質的には「中国人もドイツ人も悪者ではないし、私たちが暮らす世界では、一国の繁栄は他の犠牲によって成り立つわけではない」のである。これら中国人やドイツ人に、現在ロシア人――政権と寡頭資本家、新興財閥(オリガルヒ)の権力独占によって、無理やり「失地回復」という対立の物語に駆り立てられている――を加えてもよい。

一国が他国を犠牲にするというゼロサムゲームを、世界は決して受け入れないだろうと「楽観的」に考えること。言い換えれば、本書は、世界が「貿易戦争」の核心たる「階級闘争」へと目覚めることに、決して悲観的にはなるまいと主張しているのである。

 

 別に真新しくもなく、繰り返し言われてきたことだが、あえて最後に引用しておく。

 

あらゆるところで庶民は購買力を奪われつつある一方、それは基本的に自分たちの利害と相容れないからだ、と言葉巧みな愛国者日和見主義者によって信じ込まされている。あるいは、利害が競合する国同士の対立がクローズアップされるが、それはまったくの誤解だ。実際には、同じ国のなかの経済階級同士の対立が、世界規模の紛争を引き起こしている。このままでは、1930年代が再現されかねない。当時は経済や金融の国際秩序が崩壊した後、民主主義が弱体化して悪意あるナショナリズムが勢いづいた。その結果、戦争や革命や大虐殺が発生したのである。

 

中島一夫