転向の問題

 外山恒一の「野間易通 徹底批判」を読んだ。

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 むろん、両者の論争そのものに対して何か言えるわけではない。その資格もない。ただ、外山論文の第二章、「サブカル」についての歴史的な考察は、自分の考えていることに大いなるヒントとなった。

 まずは、両活動家が、お互いに「サブカル」というレッテルを貼りあっていることに新鮮な驚きを覚える。両者の間では「サブカル(野郎)」が罵倒語として機能しているのだ。もはや、「サブカル」が罵倒語となり得るのは、活動家だけではないだろうか。

 外山論文にあるように、この場合「サブカル」とは政治の喪失を意味する。したがって、「サブカル」とレッテルを貼られることは、「お前は非政治的だ」と言われているに等しい。確かにこれは、政治活動家にとっては致命的だろう。

 かつて、文学にも「政治と文学」というパラダイムが存在した。おおざっぱに振り返っておこう。1917年のロシア革命を受け、1920年代にマルクス主義が絶対的な「正義」として導入された。それに応じて、従来の自然主義文学や私小説に対してプロレタリア文学が全盛となっていく。プロレタリア文学は、それまでの文学への「カウンターカルチャー」だったわけだ。以降、文学は、「政治の優位性」のもと、政治と不可分の関係となり、ここに「政治と文学」パラダイムが形成された。

 だが、1933年の小林多喜二の死あたりを境に、政治=正義の行き過ぎや、政治における非人間性(批評の人間性!)が問われはじめ、転向がなだれを打ったように起こる。それとともに、人民戦線(平野謙)や行動主義文学(小松清)、能動精神(青野季吉)といった、それまでのマルクス主義の政治ではない「政治」、反政治的な「政治」が模索されていくことになる。

 この時期は、外山の言う「カウンターカルチャ」から「サブカルチャー」へ、に相当するだろう。まさに、「「正義の運動」こそが今以上の悪を生み出す元凶なのだという認識あるいは直観」から生じた「政治を忌避するラジカリズム」の時期である。

 その流れのなか、吉本隆明の「文学の自立性」がヘゲモニーを握りつつ、やがて吉本の影響下にあった奥野健男によって、とうとう「『政治と文学』理論の破産」(1963年)が宣告された。このあたりで「政治と文学」パラダイムは決定的に失効することになる。

 むろん、背景にはソ連という「政治」があった。「政治と文学」パラダイムは、ロシア革命マルクス主義の導入ともにはじまり、スターリンの死(1953年)やスターリン批判(1956年)によって終わっていった。

 ソ連に代わって「政治」の担保となったのが中国・毛沢東だった(中ソ論争は、両者のヘゲモニー争いだった)。その文化大革命は、その名のとおり「文化」による「革命=政治」であり、「文化」の「政治」化だった。いわゆる、「プロレタリアートの上部構造(文化)への進駐」である。

 外山のいう「カウンターカルチャー」は、概ねこの時期の中国文革を背景にした、いわゆる「68年」の「文化=政治」を指していよう。すなわち、何よりそれは、ソ連に対する「カウンター」だったのであり、したがって「政治と文学」パラダイムに対する「カウンター」でもあったのだ。これによって、「政治と文学」(ソ連)は、パラダイムもろとも「文化=カウンターカルチャー」(中国)へと回収された。

 以降、確かに文学は「自立」したのかもしれない。だが、逆にいえば、それは毒にも薬にもならないように脱政治化、相対化され、いわば「文化」のワン・オブ・ゼムとして、ただ「自立」しているだけとなったわけだ。外山が述べる、その後の「サブカルチャー」から「サブカル」へという流れにおいては、ますますそうである。

 一時期、文学とサブカルチャーが、あたかも敵対的に「論争」めいたことをしたこともあった。だが、したがってそれは単なる倒錯であり「プロレス」であった。そこで不問に付されたのは、リングの外の「政治」だった。「政治と文学」パラダイム失効後においては、両者はともに「文化」の側に立ち、そのワン・オブ・ゼムとして等価となったのだ。その意味で、両者は親和的ですらあるだろう。

 今回、外山の提示した「カウンターカルチャーサブカルチャーサブカル」の(中国文革を背景とした)変遷は、(ソ連を背景とした)「プロレタリア文学(政治の優位性)→転向(人民戦線)→文学の自立性」という変遷の反復として起こったと捉えられるだろう。こうした困難な状況のなか、次の外山の一文は、極めて示唆に富んでいる。

サブカル相対主義をただかけ声的に否定してもダメなのだ。サブカルの弛緩した云わば受動的相対主義に先行して、日本の運動史の展開が必然的に要求したサブカルチャーの能動的相対主義が存在しているのであり、その必然性をまるで「なかったこと」にしうるかのような能天気こそが否定されるべきだ。

 「政治と文学」パラダイム以降、文学者とは端的に「転向者」となった。にもかかわらず、いまだに「文学への愛」やら「文学を盛り上げる」やらが「能天気」に叫ばれている。パラダイム失効後、文学は「文化」のひとつになったので、そもそもそれが「転向」であることすら問われなくなったのだ。というか、「転向」そのものが失効したと思われてきたのである。

 だが、両活動家が「サブカル」というレッテル貼りに怯えるのは、それがそのまま「転向者」を意味してしまうからではなかったか。「転向」問題が、決して終わってはいないことを、痛感させられたゆえんである。

中島一夫