セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー(エルネスト・ダラナス・セラーノ)

 キューバマルクス主義哲学教授の「セルジオ」と、ソ連の宇宙飛行士「セルゲイ」は、冷戦終焉により一夜にしてそれぞれ「エリート」や「英雄」から「過去の遺物」へと転落。ソ連崩壊によって宇宙ステーション「ミール」から帰還できなくなったセルゲイに、ある日セルジオアマチュア無線がつながるところから、セルゲイの遠大な帰還計画が始まるのだが。

 印象的だったのは本筋の部分ではない。セルジオマルクス主義から転向していく過程だ。当初彼は、女子学生が自分に反抗し、卒業制作のみで済まそうとして論文に一向に向かわないことを厳しく指導していたのだが、己の拠って立つマルクス主義の権威が弱体化するにつれ、徐々に態度を軟化させていかざるを得なくなるのだ。そのありさまが身につまされた。

 本作のモチーフは、まさに共産主義が過去の遺物と化していく時代の趨勢において、いかにキューバが多様性を肯定し、国際的な孤立を脱することができるか、にあるといってよい。宇宙に取り残されたり、ひとりアマチュア無線に興じることは、その地に足の着いていない孤立=アイデンティティの「宙づり」の比喩でもあろう。そして、彼らが「地上」に降り立つには、多様性を受け入れるという「寛容さ」しか選択肢はない。むろん、こうした「寛容社会」は、「西側」では1968年の後にすでに現れていたものだ。

ジャン・クロード・ミルネールは、体制がいかにして一九六八年の脅威を払拭することに成功したか痛切に認識している。いわゆる「六八年精神」を体制側にとりこんで、反乱の精神に反するものに転じたのだ。新しい権利の要求は(真の意味で権力の再分配を意図していたろうに)認められはしたが、それは「寛容」の装いにすぎなかった。国民に許されることの範囲は広げながら、よけいな権限はもたせない、まさしく「寛容社会」である。(中略)これこそ離婚、中絶、同性婚、その他の権利の現実だ――いずれも権利を装った許可でしかなく、権力の分配を一切変えはしない。(中略)六八年の五月革命が全体を統一する(そして完全に政治的な)活動をめざしたのに対し、「六八年精神」はこれを非政治的な活動もどき(新しいライフスタイルなど)に、まさに社会への従順に、置き換えてしまった。(ジジェクポストモダン共産主義』)

 今作は、むしろ「地上」はすでに「寛容社会」に覆われていて、いかにセルジオとセルゲイがそこに向かって着地=転向していくかを示している。ラストのセルゲイの姿は究極の「寛容」を体現する最後の転向者であり、まるでコミカルなピエロだ。一方セルジオは、「論文はこの制作の彫像の中にある」という女子学生のウィットに富んだ詭弁を、手放しに礼賛するに至る。学生消費者主義という「六八年精神」の軍門にくだったわけだ。キューバもまた「寛容社会」に覆われていったということだろう。副題の「宇宙からハロー」とは、その「寛容」というイデオロギーの呼び声にほかならない。

 もはや教員は各種ハラスメントを恐れて「抑圧」などとてもできない。それは親ですらそうだろう。現在、基本的に親は、子供を応援し後押しする「サポーター」である。あらゆる敵対性は除去され、多様性(多文化主義)が「寛容」に認められていく。冷戦崩壊後、「寛容社会」化するキューバで、いったいセルジオに、女子学生の「わがまま」を受容するか、教員をやめるか以外に選択肢があっただろうか。階級的な敵対や分離を可能にするような、両者の関係性自体がもはや不在なのだから。

 だが、先のジジェクが言うように、これこそが68年後の体制の統治というものだろう。「権利」は大判振舞いしながら、決して「権力」には触れさせない。「権利」漬けにして「権力」への志向を骨抜きにさせると言ってもよい。

 アメリカ西海岸発の「解放」のヒッピームーブメントから、シリコンバレー精神を経て、インターネットネットワークのプラットホーム「支配」へ。先日のファーウェイをめぐる米中の綱引きも、この通信プラットホームによる統治をめぐるヘゲモニー争いだろう。それがドラッグと禅による「意識の解放」から派生した(表裏だった)シリコンバレー精神のひとつの帰結だとしたら、米中戦争とは、経済戦争以上に、要は68年後の(広義の)「宗教」戦争ではないか(バーチャル空間を「戦場」とする)。セルジオによる「無線」のネットワークと(経済危機における)違法酒の製造は、このインターネットとドラッグの「前夜」の姿であり、キューバの地に舞い降りた「六八年の精神」にほかならない。依然として問題は、強力な「宇宙からハロー」の声に抗って、いかに敵対性を見失わないか、そしてどこに敵対の線を引き直すか、だ。

中島一夫