大地のうた(サタジット・レイ)

 姉さんの後を裸足で追いかけていくと、いつしかすすきの中に迷い込んでしまった。

 すすきの背が高すぎて、あたりは何も見えなくなる。とたんに怖くなったけど、やっぱり姉さんは少し先で待っていてくれた。

「オプー、あれ」。指差した先には汽車が見えた。あたり一面真っ白なすすき林の向こうに、真っ黒な煙をあげながら汽車が通り過ぎていく。ぼくらは、歓声をあげながら、いつまでも汽車が行くのを眺めていた。

 いつかあの汽車に乗って、遠くまでいくんだ…。姉さんも同じように思っていただろうか。
「オプー、また一緒に汽車を見に行こうね」。でも、二人で汽車を見に行くことは二度となかった。

 姉さんは、どしゃぶりの雨の中、素敵なダンスを踊ってくれた。雨が降ると、蓮池の蓮がいっせいに裏返っては一面に広がって、それはそれは美しい。

 「姉さん、風邪ひくよ」。ぼくはそう言いながら、でも池の上に舞う蓮のように、雨に濡れながら踊る姉さんに見とれていた。姉さんが高熱を出して倒れてしまったのは、その晩だった。

 悪いことは重なった。その夜は大嵐で、ぼくの小さな家は、雨と風でめちゃめちゃになった。父さんは出稼ぎでずっと家を留守にしていた。残された母さんは、真っ暗な中、強風に家の扉がちぎれそうになるのを必死に押さえながら、凍えて震えている姉さんを抱きしめていた。「大丈夫、大丈夫」。姉さんは、「いつも私ばかり叱られる」と母さんへの不満をもらしていたけど、最後は母さんの腕の中で死んだ。

 母さんは、姉さんをよく叱った。姉さんは、高台に住むお金持ちの庭から、よく果実を盗んできては、うちに居候しているおばさんにあげていた。ぼくが生まれる前からだ。お母さんは、このおばさんが家の塩や油をよくくすねるから、姉さんの盗みもその影響だと思って、おばさんともしょっちゅう喧嘩していた。でも、犬や子猫たちも人一倍可愛がっていた世話好きの姉さんは、きっと体の悪いおばさんを放っておけなかったのだと思う。

 あるとき、お金持ちの子の首飾りがなくなって、姉さんの仕業と思った一家が、家に怒鳴り込んできたことがある。姉さんは認めなかったけど、姉さんが死んでからお椀の中に隠してあったのをぼくは見つけた。

 誰にも言わずに、蓮池に放り投げた。姉さんのしたことを誰にも知られたくなかったんだ。それに、あの雨の日のダンスを思い出して、蓮池の姉さんに返したかったのかも。姉さんは、自分の結婚式のために、とても家では買えない首飾りを隠しておいたのかもしれないから。次の日に見たら、お椀の中には、もう蜘蛛がかわりに入っていた。

 お金を稼ぐことが下手な父さん。父さんは、いつか自分の文学が世に出るのを夢見ながら、ずっと勉強してきた人だ。でも、今回、自分がいない間に子供も家もなくしてしまい、「学問が何の役に立ったのか」と嘆いて、今まで書いたものを全部まとめて捨ててしまった。

 あの嵐は、ぼくらから姉さんも家も奪い、貧しいながらも楽しかった暮らしを根こそぎにしていった。「もうここには暮らせないな」。

 父さんと母さんとぼくは、新天地を求めて、ずっと暮らしてきた土地を離れる。ぼくたちは生きていこう。動物たちも生きているのだから。主を失ったその場所には、もう、一匹のヘビが、ぼくらのかわりに入ろうと空き家の中をうかがっている。

中島一夫