アンチ・オイディプスはまだ早い その2

 では、一方バロック悲劇はどうか。おそらく、ベンヤミンのいう、ギリシア悲劇バロック悲劇の違いが最も端的に現れるのが、「王」の捉え方においてであろう。

 

バロック悲劇の王は「被造物の頂点たる者」としての専制君主であり、「君主は歴史を代表する」。そしてこの「歴史」とは「神が創った歴史」、つまり被造物の生の歴史である。これに対して、ギリシア悲劇の王は、歴史以前の神話時代において神話的運命と対決する「英雄」である。(したがってどちらの「王」も、近代市民社会的な意味での主体的自我としての人間と、同列に論ずることはできない。)(浅井健二郎「W・ベンヤミン『ドイツ悲劇の根源』の基本的立場と。その近代芸術論への転回」、二〇〇四年『舞台芸術』06)

 

 述べてきたように、ギリシア悲劇の王は、反神話の「ゲーニウス」を告げる「英雄」である。したがって、ベンヤミンは、「英雄」の死とは、死であるとともに、その時神話的な運命が打ち破られることを意味している、すなわち神々の秩序の終焉を告知する「ゲーニウスの誕生」としてある、という。これに対して、バロック悲劇の王は、「被造物の生のうちに発現する運命を打ち破ることができない」(浅井)。

 

 ギリシア悲劇の「英雄」が運命を打ち破ろうとする人物だとすれば、バロック悲劇の王は運命を発生させ、展開し、それを描き出す――。バロック悲劇においては、運命は克服されずに、したがって歴史は「反復」されざるを得ない。その意味で、「反復」とはすぐれてバロック的な主題である。ベンヤミンのいう「運命と性格」(一九一九年)でいえば、バロック悲劇には「運命」が、ギリシア悲劇には、それを克服しようとする「性格」があるといえる。両者はまったく異質なものなのだ。

 

 そして、見逃せないのは、ベンヤミンギリシア悲劇の「ゲーニウス」に対して、バロック悲劇に例の「メランコリー」を見出していることだ。

 

ギリシア悲劇は「ゲーニウスの誕生」を告げる芸術形式であるという意味で、このゲーニウスは「反神話的言語精神」と理解されよう。これに対して、「ドイツ・バロック悲劇は、それが呈示してみせる場景と人物像を……翼のある〔つまり、「天使」を含意している〕メランコリーというゲーニウスに捧げている」。「メランコリー」とは、堕罪ゆえの「悲しみ」のうちにある堕ちた言語精神としてのアレゴリー的言語精神のありようを謂うものだとすれば、ここでのゲーニウスは、ギリシア悲劇論のそれとはずれているように見える。(浅井健二郎、前掲論)

 

 ベンヤミンは、ギリシア悲劇の「ゲーニウス」が反神話的言語精神であるのに対して、「メランコリー」とは「堕罪ゆえの悲しみ」である「アレゴリー的言語精神」だという。では、「堕罪」ゆえの「悲しみ」とは何か。

 

 詳しくは、ベンヤミンにおける批評=革命の位置づけがコンパクトに整理されている、同じく浅井健二郎の「ヴァルター・ベンヤミン、あるいは批評の瞬間」(「ユリイカ」二〇〇二年十二月)などに譲りたいが、あえて単純化すれば、堕罪によって神の創造の言葉から人間の言葉が離脱してしまった、その離脱の距離がアレゴリーということになろう。もはや人間の言葉は、神が創造した事物の精神的本質を伝達することをしないという「悲しみ」の中にある。そして、逆に人間が事物に恣意的に「意味」を与えるところの言語となるのだ。言語の恣意性の発生である。

 

 ここでは、事物は、それ自身ではない何かを意味する言語として表されることになる。したがって、根本的に言語はアレゴリー的なものとしてある。このような「伝達の手段が言葉であり、伝達の対象は事柄であり、伝達の受け手は人間である」という、今日のわれわれの一般的な言語観を、ベンヤミンは「市民的言語観」(「言語一般および人間の言語について」一九一六年)と呼んだ。そして、このような「市民的言語観」においては、その本来の「アレゴリー的言語精神」としての「堕罪」の「悲しみ」が、すでに見えなくなってしまっているのである。あたかも、「悲しみ=メランコリー」など存在しないように(前のエントリーで見た小林秀雄のように、「悲しみ」をもたらす不在の対象は、すでに「失った」という形ですっかり「所有」されてしまったわけだ)。言葉が(情報)伝達の手段になり果てた現在のコミュニケーション万能社会は、その帰結だろう。そこでは、「メランコリー」は「政治」どころではない。単に、もはやそんなものは存在していないのだ(あるいは、そのように見なす「政治」というべきか)。いまや、われわれは薄く広く、みな「鬱=メランコリー」なのである。われわれの言語は、ここまで「堕」ちてしまったのだ。

 

 したがって、ベンヤミンが論じたバロック悲劇の王に、表と裏の両面を見るべきだろう。それは、ギリシア悲劇の英雄から見れば、あまりにも神話=運命に対して従順である。だが、一方でそれは、「メランコリー」という「堕罪」ゆえの「悲しみ」を「まだ」保持しており、そこではアレゴリーという言語精神が発現しているのだ(批評には、このアレゴリーが不可欠なのは言うまでもない。メランコリーを「失った」としたら、われわれはまた「批評=アレゴリー」をも失ったのだ)。

 

 そして、このバロックの王の両義性が、われわれにとってとりわけ重要なのは、それが君主権の「独裁」に関わっているからである。カール・シュミットに誘引されていくベンヤミンベンヤミンは、シュミットに『ドイツ悲劇の根源』を一冊送ったうえで、「一七世紀の主権論を表わすうえでこの本があなた(シュミット)にいかに負っているか」という書簡を添えている)という側面からも、きわめて興味深い一節だ。

 

近代の君主権概念が、最終的には、王侯のもつ至上の執行権に行きつくのに対して、バロックの君主権概念は、非常事態(Ausnahmezustand〔例外的な状態、戒厳〕)をめぐる議論から発生してきており、非常事態を排除することが王侯の最も重要な機能である、とするものである(カール・シュミット『政治神学――主権理論のための四章』一九二二年、参照)。支配する者は、戦争、反乱、あるいはその他の破局的な出来事が非常事態を惹き起こした場合、この非常事態における独裁的権力の占有者たるべく、すでに前もって定められているのだ。この措定は、反宗教改革〔期〕的である。この措定に宿る世俗的―専制的なものが、ルネサンスの豊饒な生感情から解き放たれ、完全な安定化という理想、つまり、教会および国家の原状回復(Restauration〔旧体制復活〕)という理想を、あらゆる帰結において展開させようとする。そして、こうした帰結のひとつが、右に述べた絶対的王位の要求にほかならず、そのような王位に与えられる国法上の地位こそが、武力と学問、芸術と教会がともどもに栄える国家の持続性を保証する、というのである。(『ドイツ悲劇の根源』)

 

 ここでベンヤミンは、近代の君主権概念とバロックの君主権概念を截然と分けている。両者とも絶対君主制に行きつくのだが、バロックには戦争や反乱などの「非常事態=例外状況」(シュミット)への視線があるというのだ。バロックの君主権は、「例外状況」をいかに「排除」するかが「最も重要な機能」なのだ、と。その際に「措定」されるのが、「独裁的権力の占有者」なのである。その「例外状況」における「独裁」が、「教会および国家の原状回復」をはかり、「完全な安定化という理想」を可能にする。

 

 この「国家の原状回復」は「Restauration」だから「旧体制復活」であり、したがって「明治維新=王政復古」もこの文脈で捉えられよう。すると、「明治」における「天皇制」は、バロック悲劇における専制君主に準えられる。すなわち、「例外状況」を「排除」しようとする絶対主義の「独裁」として捉えることが可能だろう。国会開設や憲法発布の詔勅(一八八一年)とは、いわば「例外状況」における「独裁」による「決断」なのだ。

 

 バロックの君主は、ギリシア悲劇の「英雄」のように、もはや自らを取り巻く「神話」と闘うことができない。バロックの王を取り巻いているのは「神話」ではなく、すでにそれが世俗化した「歴史」だからである。だが問題は、その「世俗化」とは、当たり前だが「神(話)」の全き消滅を意味しないことだ。そこには必ず、「神」が残滓として宿っている。ベンヤミンにとっては、人間世界における「法」の「正義」とは、神と人間との関係を規定していた「正しさ」をくすねた残滓にすぎない。同様に、「君主」という概念は、つねにすでに、いわば神の残滓が宿っているという意味で「半封建的」なのだ。

 

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(続く)