アナと雪の女王(クリス・バック、ジェニファー・リー)

 重い腰をあげて、ようやく見てきた。今さら何かを述べるまでもないのだが、一点だけ。

 例の大ヒット主題歌「let it go」が、あの場面であのように使われているとは正直意外だったという点だ。それは、当然大団円のラストシーンでもかかるとばかり思っていた。

 姉の女王「エルサ」は、触れたものすべてを凍りつかせてしまう魔法をもっている。だが、そのことは、幼少期のトラウマもあって、妹の「アナ」にすらひた隠しにし、城の中で引きこもり生活を送っていた。

 エルサの魔法とは、ほとんど現在の、発達障害化、アスペルガー化する社会における「普通精神病」(ジャック=アラン・ミレール)といってよい。

 それは、「父の名」の衰退(実際、魔法のことを知っている両親は早々と航海中に死去)により、社会性がない、コミュニケーションがとれない、場の空気が読めない、他人の感情が理解できない、奇妙なこだわり、融通がきかないなどといった「症状」として表れ、その結果社会から離れ引きこもりになるケースも多いという。今述べた「症状」が、ことごとくエルサに当てはまることは言うまでもないだろう。

 そのように、自ら「氷」の城に引きこもってしまう人間に対して施される「療法」は、実際のところ、家族や友達との会話のスキルを向上させるといった、ほとんど道徳教育的な「友愛の政治」たらざるを得ない(これについては、今月の「論潮」(「週刊読書人」)で触れた)。すなわち、アナがエルサに施すように、である。

 「let it go」に戻ろう。驚異的なヒットとなったその主題歌は、エルサが己の「魔法=障害」をもう封印しなくてもよいように、ひとり王国を離れて山に引きこもり、氷の城を築き上げていく、まさにその瞬間に流れる。エルサが、もう他人に気兼ねなく「あるがままに」振る舞うことができたときに、自らのコミュ障を、声高らかに告白するように、魂の叫びのごとく歌われるのだ。そうして社会からの離脱を決断しても、もう「少しも寒くはないわ」と。

 したがって、この作品は、あくまで「雪の女王」エルサが主人公でなければならない。そしてテーマは、アスペルガー化する世界である。

 アスペルガー化する世界とは、いわばエルサの魔法によって雪と氷に覆われた世界だ。同時に、それは、その氷の上をどこまでも滑ってゆける、「父」なき「平滑空間」でもある。ここにおいては、「氷」は、息苦しいまでの閉鎖空間であるとともに、フラットな平滑空間でもあるという両義性をもっている。

 そして、先に述べたように、この氷に覆われた世界では、結局「真実の友愛」で、適度に周辺の氷を溶かすことぐらいしかできない。この作品における「愛」が、男女間の恋愛ではなく、姉妹間の友愛であり、また一大クライマックスをつくり得ないゆえんである。

中島一夫