オデット(ジョアン・ペドロ・ロドリゲス)

 ポルトガルの新星ロドリゲスが、ついに関西上陸、満を持して見に行った。

 一見、オデットは、訳のわからない奇行を繰り返す、危ない女性にしか見えない。だが、彼女は、「呼ばれ、感じ、同化する」ことにおいて、むしろ作品を通して一貫しているのだ。

 例えば、オデットは、妊娠願望のあまり、想像妊娠する身体と化してしまう。検査薬で確かめ、妊娠していないことが分かってもなお、高級な乳母車を購入し、いないはずの赤ん坊を寝かしつけようとするオデットは、単に妄想に走っているだけのように見える。

 だが、それもすでに、彼女の登場シーンに予告されている。アルバイト先のスーパーで、「係員15番」とレジに「呼ばれ」、「触ってみてもいい?」と妊婦の客のお腹に手を伸ばしたオデットは、妊婦を戸惑わせるほど長い時間彼女のお腹に触れている間に彼女に伝染し、同化を果たしている。スーパー内をローラースケートで滑走するオデットは、まさに対象の中へと滑り込む人物なのだ。

 オデットの同化は、生と死や男と女の壁をも越えていく。あるとき、彼女のアパートの窓から激しい風が吹き込んでくる。何かに呼ばれたように、窓際へ行き、物を積み重ねてよじ登り窓の外を見る(何回か繰り返される、壁=自己の境界を超えていこうとするオデット的な動作だ)と、どうやらアパートの上の住人家族が、喪服に身を包み通夜か何かに向かう様子だ。泣き崩れているところを見ると、親族の一人が亡くなったのだろうか。その姿を見たオデットは、これまた呼ばれたように、後をついていってしまう。

 通夜会場では、若い男ペドロが棺の中に横たわっていた。棺桶の向こうには、ゲイで恋人だったルイの姿が。視線が突き刺さる。その瞬間、オデットはルイに何かを感じ取ったのだろう。ルイが親族の目を盗み、ペドロにキスをして立ち去ると、オデットもまた呼ばれたようにペドロへと近づき、硬直した指からエロティックに口で滑らせる(それはまたペドロの中への滑り込みでもあったろう)ようにして、ルイとのペアリングを抜き取ってしまう。指輪に刻まれた「さすらいの二人」の文字通りに、ペドロへの同化の扉を開いたオデットの中には、そのときペドロを愛したルイまでもが、切り離せないものとして深く刻まれてしまうのだ。

 この後、オデットのルイの恋人であるペドロへの同化は、ルイや遺族を困惑させるほど常軌を逸したものとなっていく。繰り返せば、周囲から見れば何かに憑かれているとしか思えないその異常な行動は、だが作品をオデットともに歩んできたわれわれには、人より強く他人を感じたいし、感じてしまう人間のとる必然的な行為のように映るのだ。そもそも、あの妊娠願望も、赤ん坊が欲しいという母性本能などと語るより、愛する相手との同化=一体化への強い思いと呼ぶ方がふさわしく思えてくる。

 したがって、ペドロへの同化の度合いを深めていくごとに、オデットの妊娠へのこだわりも薄らいでいくだろう。それは「女性」を脱ぎ捨てることでもあった(「妊娠」を受け入れようと戻ってきた元彼が、病院に連れていこうとすることにオデットが激しく抵抗するのも、妊娠していないことが判明してしまうからというより、もはや彼女は「女性」ではないものとして生き始めつつあったからではないか)。髪を短髪にし、ペドロの服を着、彼の家に住み込んではそこからルイに電話をし、ルイの語る二人の出会いの物語の中に、ペドロ役として完全に入り込む。

 オデットに特異なのは、その同化が、例えば性転換のような大転換によるのではなく、極めて自然に、滑走するようにペドロに「なる」ことである。だから、ルイもペドロの母も、いつしか自然にオデット=ペドロを受け入れていくほかはない。

 オデットのペドロへの同化とトランス・ジェンダーぶりは、「ペドロと呼んで!」と叫びながらルイを後ろから突き上げるラストのセックスシーンに極まる。しかも、ベッドの脇にペドロの幽霊が立ち、そのすべてを見つめているのだ。

 ペドロの霊を立たせることで、このシーンに妙なおかしみが加わる。オデットの同化が完璧なあまり、まるでペドロの霊が嫉妬して出て来たようではないか。激しく突かれていたルイの口から、ついに「ペドロ!」という名が呼ばれたとき、いったいどんな表情を彼は浮かべているのか。終始後ろ向きの背中から、観客はいろいろな顔を想像しては、おかしみは頂点に達する。

中島一夫