生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言(森崎東)

 シネヌーヴォの特集「反原発×映画」で、『原子力戦争』(監督・黒木和雄、原作・田原総一朗)とたて続けに見たが、両方とも先日亡くなった原田芳雄が出ていて、何とも言えない気持ちになった。

 修学旅行に参加不可となった不良中学生三人が、その腹いせに担任の「野呂」(平田満)を誘拐、身代金として生徒たちの旅行費を学校側に要求する。この作品には、当時の社会問題が、これでもかとばかりに動員されているが、すでに冒頭から、強まる管理教育とエスカレートする校内暴力、学校に居場所のない生徒の出現と教員の権威失墜が手際よく描かれていく。

 この落ちこぼれたちに、どさ回りのストリッパーの「バーバラ」(倍賞美津子)と、そのヒモで現在は「原発ジプシー」の宮里(原田芳雄)がからみ始めるあたりから、徐々に作品のテーマが鮮明になってくる。落ちこぼれ、旅回りのストリッパー、原発ジプシー、後々登場するジャパユキさん…。これら市民社会の周縁や底辺に疎外され、流れ者のように生きることを余儀なくされたマイノリティーたちの闘争と逃走のドタバタ劇。

 「あふれる情熱、みなぎる若さ、協同一致団結ファイト!」。何度となく彼らはシュプレヒコールを行う。それは、正統的な「党」が機能失調をきたしていく68年以降における、生=労働(真っ当な就職)を疎外されたマイノリティーたちが掲げる「党宣言」だ。

 とりわけアクチュアルなのは、宮里が元々沖縄の人間で、コザ暴動から本土に逃れてきた男として設定されていることだ。1970年沖縄のコザで、住民が米兵の車にはねられたことに端を発し、その後激化していったこの暴動は、現在につながる基地問題と沖縄の闘争、怒りの歴史の端緒となった。

 彼は、沖縄に来ていて暴動に巻き込まれたバーバラとまだ幼かったその弟とを救い出し、命からがら本土へと逃れてきたが、暴動に関わった沖縄人である身元を隠して生きていかねばならなかった。そのため住民票一つ取れず、したがってまともな職につけないまま、原発で働いて転々とするほかなかったのだ。「原発ジプシー」とは、各地の原発に寄生するように転々とし、そこで働く使い捨てのアルバイト作業員たちを指す。堀江邦夫による原発の労働問題についてのルポルタージュ原発ジプシー』以降、その名称は一般化した。

 ここにあるのは、沖縄の基地と全国の原発がアナロジーとしてあるという構造的な認識である。本土の都市部=市民社会の安全、安定を確保するために、危険や不安はできるかぎり遠い地方に排除、隔離しておかねばならない。身分証明を持たない宮里は、一貫してその危険を背負わされてきた存在なのだ。

 「服脱いで稼げるのは、原発労働者とストリッパーだけや」。宮里が言っているのは、単に自分とバーバラのことではない。これは、原発労働者が、危険な作業をするときに特別に支給されるいわば「被ばく手当」を、通称「服脱ぎ代」と呼ぶところからきている。このフザけた名称は、原発の作業に被ばくが伴うことを隠蔽するとともに、服を脱いで裸になることが、もはや十全な「生=自然」から遠ざかることにしかならないという文明論的なアイロニーをも含んでいよう。

 人間にとって親和的な「生=自然」は、すでに毀損されており、それは今まさに裸で抱き合っているにもかかわらず、「逢いたいよう」「逢いたいよう」とむせび泣くバーバラの言葉に痛々しいまでに表れているだろう。それに対して宮里は、「こうして逢ってるじゃねえか」とつぶやき諭すほかはない。どんなに裸で肌を重ねても、お互いの「生=自然」に「逢う」ことは叶わない。「逢いたいよう」に、彼らの二重の疎外が映し出される。

 原発ジプシーらが、そそくさとちゃちな防護服に着替え、首から万年筆のようなポケット線量計をぶら下げて、交互に管の中に入ってはもぐりこむように作業し、ストップウォッチで一定時間たつとでんぐり返しするように飛び出してくるシーンは、滑稽に描かれているだけに妙に生々しい。

 その滑稽さは、美浜の原発事故で作業中に死亡したはずの作業員が、実は死んでおらず、墓の中から現れては恋人と結婚式を挙げるという荒唐無稽な物語を紡ぎ出していくだろう(作業員は泉谷しげるが演じている。泉谷は、この後、発売元の東芝EMIと電力会社との関係からだろう、「このアルバムは素晴らしすぎて発売できません」という発売中止広告でも有名にもなった、RCサクセションの反原発アルバム『カバーズ』にも参加していくことになる)。もちろん、電力会社も、それと癒着した地元警察やヤクザも、事故の生き証人たる彼をそのまま生かしてはおくはずがない。

 『党宣言』のパンフレットによれば、当初の構想では、原発内部の実態をTV中継を通じて世に知らしめようと、人質をとって立てこもる原発ジプシーの物語だったという。いざ現場からの中継が始まると、突然舞い込んできた「昭和天皇崩御」の情報で中継が吹っ飛んでしまうという展開だった、と(むろん、まだ天皇が生きている時期だ)。

 立てこもり犯のモデルは、1968年、「在日朝鮮人差別への謝罪」を要求し、ライフルで人質をとって静岡・寸又峡に立てこもった、あの金嬉老だったというから、やはり作品の主旋律は、68年以降のマイノリティーらによる「協同一致」の「党宣言」にあったということだろう。

 外山恒一の『青いムーブメント』によれば、それまで活況を呈していた日本の反原発運動は、1989年の昭和天皇の死=Xデーを目前にした「自粛ムード」で一気に沈静化したという。だとすれば、この『党宣言』の最初の構想は、85年の段階でそれを予見していたともいえよう。

 と同時に、そうした構想を潔くうち捨て、追いすがる警察やヤクザから逃れまた撃退して、ラストでバーバラがフィリピン女性を海外へと逃がすところにまでこぎつけていく『党宣言』は、決して天皇の死に包摂されないマイノリティーの闘争=逃走を描ききったといえる。死んだ親友の「アイちゃん」から遺言のように引き継いだ「バーバラですよ、ゴハン食べた!?」という、声高らかに「生」を訴えるラストのセリフは、マイノリティーの「党」の勝利「宣言」でなくて何であろう。

中島一夫