2021-08-01から1ヶ月間の記事一覧

武田泰淳の恥ずかしさ その3

わが子キリスト (講談社文芸文庫) 作者:武田 泰淳 講談社 Amazon 武田泰淳が、まさに一九六八年に書いた『わが子キリスト』は、その前年に文化大革命下の中国を訪れ、翻って日本の戦後民主主義における天皇へのフェティシズムを作品化したものではなかったか…

武田泰淳の恥ずかしさ その2

すが秀実が、武田泰淳の『司馬遷』に見出すフェティシズムとは、次のようなものである。 言うまでもなく、司馬遷もまた、銃後の刀筆の吏である。では、司馬遷が弱者であり、他の者が強者ぶるのは、何の理由によるのか。それは。前者が宮刑を受けた「生き恥さ…

武田泰淳の恥ずかしさ

司馬遷―史記の世界 (講談社文芸文庫) 作者:武田 泰淳 講談社 Amazon 柄谷行人とすが秀実が、一九八九年という冷戦終焉の年に、揃って武田泰淳について論じたことは記憶に強く残っている(柄谷行人「歴史と他者」(『終焉をめぐって』)、すが秀実「方法とし…

保守革命の「時間と自己」

時間と自己 (中公新書) 作者:木村敏 中央公論新社 Amazon 亡くなった木村敏は、分裂症親和的な時間を「前夜祭的(アンテ・フェストゥム)」、鬱病親和的な時間を「あとの祭り(ポスト・フェストゥム)」と呼んだ。これらが、ルカーチ『歴史と階級意識』から…

単独性=シンギュラリティは狂気か

偶然が重なっただけかもしれないが、そのような傾向があるのだろうか。 先日、躁鬱に苦しむ若い人が、「これも自分のスキル=能力と思うようにしている」と言うのに続けて立ち合った。そのように考えることで、少しでも気持ちが安らぐのであれば、それについ…